マクロ統計と企業会計

 

時代が交わる時には、価値感も変わる。そこでは、新しい価値を測る単位や数字が必要だ。現代人の多くは、給料が上がったり、日経平均株価の乱高下で、一喜一憂する。受験生は、偏差値(これは、駿台予備校が大型コンピュータを導入して、可能になり、より性格に合格率や難易度がわかるようになった)に踊らされ、大学のランキングもそれで決まる。企業ならば、業績だ。国民は、GDP成長が続くと、安心する。

 

数字の裏にある構造と統計の危機

 

 数字はウソをつかないが、ウソつきは数字を利用する。給料は実際には物価との対比や、年金受給も含め、考えないといけないし、日経平均も、むしろ時価総額をドルベースで考えるべきだろう。偏差値も、科目の負担で異なるだろう。そもそも、それらも、正規分布が前提だ。正規分布でない場合は、平均値や標準偏差は無意味な場合もあろう。業績では、P/LB/S、更には、割引率などを巧妙に操作すれば、粉飾できる。しかし、エコノミストも、アナリストも、学者も、こうした数字、特に統計データを所与のものとして、扱い、その裏や、背後にあるものを考察したり、検証しようとしない。

 

 特に、ビッグデータ、データサイエンティストの時代と言われながら、統計の現場は危機的であり、半導体のWSTS等は補足率が70%を切っており、機械統計も輸出産業をべースにしているため、複雑なサプライチェーンは想定していない。これについては、以前に書いた。

 

https://www.circle-cross.com/2015/09/13/2015911-エコノミスト達は統計の現場をチェックしているか-統計の危機/

 

全ての統計には意図があり、統計数字が権威

 

統計いや数字を作るのは、権力者であり、古くは暦や年号そのものが、権威の象徴であり、検地による石高調査、度量衡もそうだ。

 

ザカリー・カラベル氏によると、1066年ノルマンディー征服王が「ドゥームズデー・ブック」という統計記録を作成した(「経済指標のウソ 原著 THE LEADING INDICATORSA SHORT HISTORY OF THE NUMBERS THAT RULE OUR WORLD」ダイヤモンド社2017)。同書によると、経済指標は自然法則なみに尊重されているが、米GDPは一夜にして4000億ドル、日本のGDP16兆円増えるなど、絶対的なものではなく、全ての統計には意図がある、としている。

 

新時代の単位を

 

 サービス化、シェアリングエコノミー、ブロックチェーンや、仮想通貨などは、GDP統計には十分に反映されていないだろう。新しい単位系の創造が重要だ(経営重心 幻冬舎2015の巻末に記述)

 

マクロ経済と会計学の一致

 

その中で、日経経済教室で中野誠一橋大学教授による「企業利益と経済成長 設備投資通じた連動性 顕著」  に関心を持った。https://www.nikkei.com/article/DGXKZO39193460Q8A221C1KE8000/