天安門事件30年〜その後の日本と中国、国民はパンのために

 

201964日は天安門事件30年で、マスコミが特集をやっていた。当時は、ここまで、中国が経済発展をするとは予想もしなかったが、中国共産党も、人民の関心を、政治から、富や経済発展に向け、また人民も、言論の自由等の奪われた代わりに、エネルギーを経済に集中した。政治も人民の幸福にためにあり、少なくとも、衣食住を向上させることが最重要なら、大成功というべきか。社会主義国家が、経済面、形而下、カネと物質的豊かさでは、最も資本主義的に成功したのも皮肉だ。まさに、人民は、かつての日本のエコノミックアニマルと同じだ。

 

 そこで、気が付いたのは、日本の戦後の成長との酷似である。戦争に負けた日本人は、米国の庇護の下、経済発展を遂げたが、そこでは、中国人民が言論の自由を奪われたのと同様に、人間として、何か大切なものと引き換えだった。まだ、昭和の頃は、安保や学生運動があったが、平成は、それも忘れ、家畜化したが、中国人も同じだったか。

 

 しかし、天安門事件30年の節目に、米中摩擦、ファーウェイ封殺があり、経済や技術では、米を脅かすまでになったし、米への反発から、中国人の愛国心は増しているという。

 

 これが、また昭和の終わりに、30年前に、日米摩擦が盛んであり、多少、反米、ナショナリズムが驕りと共に高まったが、バブルの中で、物質的欲望が勝った。

 

 パンのために生きるに非ず、と言いながら、目先の物欲に、反政府も、言論の自由も、ナショナリズムも、解消されるのは、日本人も中国人も同じということか。

 

 ちなみに、77年前の194264(米時間)は、ミッドウェー海戦、多くの優秀な若者が亡くなった。