2015年4月3日 グローバル、オープンイノベーション、ノンリニアモデル化の中で変わる日本の研究開発体制~ケース1 富士通研究所見学  

201543日 グローバル、オープンイノベーション、ノンリニアモデル化の中で変わる日本の研究開発体制~ケース1 富士通研究所見学

 

1.企業を中長期から評価する際に、研究開発が鍵を握る。それは、①中長期の企業の成長を牽引する役割を担い将来のポートフォリオを決める重要な要素であり、②現在の企業の技術力を評価を左右し、③特に、電機メーカーでは売上高比率で5-10%もの費用が掛かっているためである。アナリストが企業を長期で評価するためには、この分析が不可欠である。

 企業側が研究開発IRを行うのも、こうした重要性からであるが、同時に、バブルの頃には「新技術」の発表で株価が暴騰することがあり、業績が悪い場合などに効果があったこともあろう。80年代後半のAIブームでは、正月明けの発表でストップ高がでたり、高温超電導ブームでは、学界発表で臨界温度が更新されるたびに、株価が乱高下した。当時は、技術の実用化についても、単純なリニアモデルが学界や経営だけでなく株式市場でも支配的であり、新技術開発成功→実用化→業績拡大と信じられていたからであろう。さすがに、1961年の東洋電機のカラ―TV事件のようなことはなかったが、それでも超電導で液体窒素温度は確かに達成されたものの、常温超電導が一流企業でも発見されたとう誤報もあった。また、その後の常温核融合騒ぎや、また怪しい銘柄が、永久機関の話など明らかに物理の原則に外れているのに、新発明だと暴騰したりした。さすがに今は、生物バイオを除き、そういうのは無くなった。しかし、なお企業の側に、まだ、新技術を、いいネーミングでアッピールすれば「七難隠す」と思っているのではないかという発表の仕方をする例もあるのは残念である(ある意味、理研のSTAP細胞事件もそうである)

 研究開発IRの要素としては、①研究開発体制、②研究テーマの発表や紹介、③研究開発現場の見学、がある。

このうち、一番、多いのは、②であり時間も割かれるしマスコミなどの記事にもなりやすい。ただ、企業にとっては、独自だと思っていても、多くの企業の発表や展示を見て見学会に参加している我々アナリストからは、似たようなテーマを他でもやっていた、という例は非常に多い。

特に、90年代は、その傾向が強く、日経エレクトロニクスなどの研究開発特集記事の注目テーマ上位はほぼ同じであった(実は、それが、残念ながら、また同じように失敗したことが90年代の電機の低迷の理由であるとも考えている)

その背景には、横並び主義があり、ある研究がマスコミで取り上げられると社長から研究開発のトップに電話がかかり、「うちではどうか?なぜうちでやらないのだ」ということが多かったらしい。また他社でやっていると予算が通りやすかったようだ。これについては、幸い、そういうことは今は全くないようである(NEC中研 江村氏)

殆どの企業のIRは、上記の①と②であるが、たまに③もある。現場を見るには、理系出身でないアナリストなどにも雰囲気が伝わるし、現場の熱意や姿勢は何となくわかるものである。理系出身にとっては懐かしいものである。昔は無かったような機器が入っていたり、他社にない機器があればプラスの評価になる。しかし、逆に、あまりに貧弱であったり、自動車向けに取り組む、と言いながら、温度計測機器の範囲がー10度から50度くらいなら、おかしい、本当にやっているのか、と思うだろう。これは、理研の小保方実験室の報道を見た時に何か違和感を覚えたのと同じである(広告宣伝会社が入り、小保方氏以外はエクストラであったらしい)

2.さて、近年では、研究開発においても、グローバル化、オープンイノベーション化、イノベーションにおいてはノンリニアモデルが常識となってきている。

かつての研究開発のイメージは、「郊外の緑豊かで静かな研究所で、世俗を離れた優秀な博士達が、実験室に籠って、研究開発を続け、ある日、偉大な発見や発明を成し遂げ、それがやがて工場で実用化される」というものであり、トランジスタや、バイオ、などは、事実、そうであった。ベル研などの華々しい成功や、冷戦下の米ソの宇宙などの科学技術開発競争の刺激もあり、日本では、1960年代から科学技術ブームが始まり、科学技術予算の増大、理工系学生定員拡充、企業においても196070年代に中央研究所ブームとなった。日立や、東芝は戦前からコーポレートラボである「中央」研究所を有していたが、ソニー、NEC、富士通なども196070年代に、コーポレートラボを設立している(東芝も中研は1960年代)。さらに、電機メーカーの業績が好調であった80年代には基礎研究重視や、優秀な学生を集める狙い、欧米からの技術タダのり批判を避ける等の理由もあり、日立の基礎研をはじめ、多くの企業で様々な研究所が設立された(富士通の厚木研も同様)

これらは、全て、リニアモデル、すなわち、まず研究を行い、その結果、生まれた科学技術知識を応用して、新製品開発につなげる、という、研究→開発→設計→製造→販売というリニアな流れが、イノベーションを産む流れである、という考え方からなりたっており、学界でも産業界でも、常識であった。

しかし、85年にSクラインが「ノンリニアモデル(連鎖モデル)」を発表し、大きな驚きであったが、すでに欧米では、そうしたリニアモデルに基づく研究開発体制を見直しつつあったのである。98年に刊行(米国96年)された「中央研究所の終焉」(日経BP リチャードSローゼンブーム、ウィリアムJスペンサー著、西村吉雄 訳)が出ても、なお、日本では、リニアモデル的な発想が主流であった。

さらに、リーマンショック後、「世界の技術を支配するベル研究所の興亡」(2012年ジョンガートナー著、2013年 土方訳、文芸春秋)に象徴されるように、米国では、既に「中研」はどんどん廃止されている。また、アップル等の研究所の活動には、研究者は実験室に閉じこもっているのではなく、我々アナリストのような活動、フィールドサーベイをしており、そこで燕三条の金属成形に代表される日本の中小企業や中国台湾のベンチャーを調べ、必要に応じて資金や人材その他の支援をして育成している、というのが少なくない。実は、米国では、これがむしろ常識でもある。シリコンバレーの最大の発明は、トランジスタとかではなく、VCともいわれるが、インテルキャピタルが日本の技術特化の小企業を支援しているのも、そうであろう。その道の最先端を走っている研究者であればこそ、正しく技術の目利きもできる。また、日本では学界に参加しても論文を発表して終わりだが、それは始まりであり、休憩時間や懇親会で、議論をし、盛り上がれば、非公式な会をつくり、技術交流をできるか(これが標準化にもつながる)が本当の重要な活動である(日本はここが弱く、消極的に会場の隅で、日本人同士雑談している例が多い)。

しかし、日本においては、昨年においてすら、「中央」研究所、が「健在」であり、工学部時代の同級生たちの様子や、理工系の学会に参加したり、研究開発IRに参加したり、マスコミ報道を見ても、大きな変化はない。こうした、ノンリニアモデルが常識となり、オープンイノベーション(広い意味での)、あるいは研究開発だけでないがグローバル化に、日本企業は対応できているのだろうか?さらにAIや、ビッグデータが主流となると、対象は社会や人間であり、社会科学との領域が無くなってくるが、相変わらず研究開発採用では理工系が中心であるが問題はないのだろうか。

こういう問題意識の元に、201411月の日本電産の中央モータ基礎技術研究所の見学会および、その後の個別取材、12月のNECの研究開発IR説明会、および、その後の個別取材、また参加できなかったが2月の三菱電機の研究開発IR(ただし、コトモノ双発学会で研究開発担当専務の講演は聞けた)、質疑や議論をした。そして、昨日の富士通研究所見学説明会参加した。また、4月中旬の日立の研究開発IR説明会に参加する予定である。

その中で、日立、東芝は326日に、研究開発体制再編(4月1日付け)を発表し、日立は戦前からの伝統ある中央研究所や日立研究所を解体、まさに、ようやく、世界の流れに形だけは追いついてきたようだ。ただ、ちょっと行きすぎ、あるいは、DARPA等がなく、NTTの通研もなくなったのに大丈夫かという気はする。

通常は、研究開発IR説明会では、研究所の予算や体制、あとは主要なテーマの実用時期や業績への影響を聞く。しかし今回は、どれだけ、ノンリニアモデルやオープンイノベーションを意識した体制になっているか、また研究者の活動やキャリアもどうか、に主眼をおいた質問をしている。今後、幾かに分けて、ケーススタディをしていきたい。

3.昨日の富士通研究所のケースを、ここでは簡単に報告する。

富士通での特徴は第一に、従来から、研究開発の独立性を維持するため、別組織としていることである。これは、ホンダ、かつての野村グループでのNRIがある。NRIでは採用は別であったが、富士通やホンダでは採用は同じ、人事交流も十分あり、人事異動が、技術移転のカギになっている。トップの佐相社長も、これまで同様、技術系出身で事業の経験豊かなトップで、モバイルからユビキタス全体(PCとモバイル)、さらにプロダクト全般(サーバー、ソフト、通信、ユビキタス、製造)、直前は全社マーケティング部門(イノベーション含む)であった。日立や東芝、NECが、研究所長はずっと研究畑から出身というパターンとはやや異なる(三菱電機の研究開発のトップは経産省OB法学部卒で技術者研究者でもなく驚かれた)。なお、日立、東芝でも、多くの研究者は人事異動でコーポレートラボからディビジョンラボ、工場へと移っているのが通例である。日立ではDRAM開発では中研からデバイス開発センタ、武蔵工場と技術移転が行われ、東芝でもDRAM多世代同時開発があり、フラッシュメモリもそうして生まれた。ただ、日立はかつて中央研に入り返仁橋を渡ると俗世を断ち切り研究に没頭する(日立は「返仁会」という博士集団のOB会がある)というパターンが多かった。

第二の特徴は、国内は厚木(400)と川崎(800)に分れ、厚木はデバイス材料やエネルギー中心で「中研」要素が大きい。厚木の方が一人当たり予算は大きく、全体としては、4:6程度だろう。なお厚木は、ソニー、半エネ研などデバイス関連の研究部門が多く存在している。90年以前に、厚木研は、NRI時代に訪問、レポートにした。その後は、IR見学会もないので実態は不明である。デバイス部門のリストラや縮小もあり、どういう体制になっているか関心がある。

第三の特徴は、特に川崎においては、ITNW部門が中心となり、ソリューション志向が強いため、もともと基礎研究というより応用や開発が多い。これは、かつて富士通が電電ファミリーに属していたが、電電公社にはベル研を模した「通研」があり、そこで基礎研究を担っていた、ということも影響しているかと思われる。

しかし、今は、全く状況は異なり、NTTに頼れないし、それだけではグローバル化に対応できず、自社でも基礎的な研究もプラットホームでは必要であろう。

佐相氏による説明では、IOT時代に向けて、研究所のミッションや、その体制、ロードマップが示された。また、先端基礎研究、先行研究、事業化研究、応用研究、の幾つか例が説明された。

また、付属資料として特許統計データが公表され、知財に強い富士通の印象を裏付けるものであり、IT系とNW系での強さが確認された。ただ、国内なので、米国特許での同様の資料が欲しかった。

また革新的な成果として、二つ、①200Gbpsで通信モニタしながら品質解析するソフト、②様々なスマホと周辺デバイスを繋げるWebOSの開発など、についてプレゼンがあった。

その後、各展示室で、応用を意識した実用化直前のいろいろなテーマが紹介された。中国の方も数人おり生き生きと説明されていた。NEDOや台湾ITRIとの共同研究も多く、大半のテーマは、過去の展示や、医療、ビッグデータなどがキーワードで他社と似たものであった。そうでないもので関心をもったのは、スマートハウスの健康センサーや、先行的なものとしては、シリコンフォトニクス、広帯域SDN、などが注目をひいた。しかし、質疑をする中で、応用化のプロジェクトターゲットを達成すれば満足だという雰囲気もあり、自主的に更なる課題を見つけ発展させようというのが無かった例が幾つかあった。

例をあげると、一つは、タクシーの配車をスマホでやる行う時にタクシー会社と連携して相乗り等も選ぶことで稼働を上げようというものがあった。まず、これはタクシー会社と連携しておかなければならず、個人タクシーなどは入らない可能性があり、結果、待っていた方が早かったということもありそうである。また、富士通本社の方で日本交通と提携してタクシーのビッグデータの応用が始まっているはずだが、それとの関連は不明だし、むしろそのデータを使った研究成果を知りたかった。タクシーをよく利用する者としては、まず、運転手が高齢であることが多いが、殆どカーナビが使えないか使い慣れていない上、老眼では見ずらい、地図の更新がない、などの問題点の方が大きい。カーナビは後部座席につけて利用者が入力できるようにした方がいいし、運転手用もラクラクホンのように高齢者向けあるいは音声入力にすればいい。タクシー会社はM&Aによる統廃合が盛んであるが中小の規模であれば数億円で買収できるそうだが、買収し、プロの運転手の知識を走行データと共にデータベース化して、カーナビ装着効果などもあわせて比較して、そのノウハウを検証するような研究を期待したい。

もう一つは、介護部屋の高齢者などを100個以上のセンサーでみて安心安全に役立てるという研究があったが、対象は一人であり、家族が一緒に部屋にはいり動いたら識別はできないそうであった。また、病院が火事や地震などで、非難したりすることが必要な非常時には、対処できないようだが、ビッグデータの研究としては、「インフラ」の安全安心というなら、平時ではなく、異常時の挙動をこそ解析しておくべきだろう。さらに、要介護者が町へ出て近所を歩いた場合は、その町にどのくらいのセンサーが種類と量において不可欠なのか、なども知りたかった。そういう指摘をすると、「なるほど」という反応はあるが、「研究目的ではないのでいいだろう」という印象があった。

そもそも、学会発表と同様、発表して終わりではなく、素人も含めて多くの潜在利用者に説明して、議論しそれを役立てていくとうのが本来であり、その議論にこそ重要性があるのだが、定式発表で終わりとする姿勢が目立った。また、指定された研究目標に対してはきちんと到達するのだろうが、新たな設定をしたり、目標を出すという印象はなかった。つまり、個々のレベルでは、まだまだリニアモデル(直線的一方向でフィードバックがない)であり、オープンイノベーションにもなっていない、という印象であった。与えられた問題を解きリニア的、というなら、そうした研究者は、2045年頃の将来はビッグデータを使ったAIに代替されそうであり、ビッグデータAIの研究所としては皮肉というか示唆的である。

テーマの中では、やはり、プレゼンがあった二つが傑出していたように思う。特に200Gbps品質解析ソフトは、トポロジーにも影響されず、当面優位を維持できそうである。WebOSの方は、デバイス同士が競合した場合やスマホ同士が競合した場合のスマートな対処、さらに周辺デバイスメーカーとの協力参加が鍵であろう。

全体的な感想・評価としては、富士通に限らないが、以前に比べ、実機での展示が減り、シミュレーションのものが多くなってきて、ある意味、メーカーの研究開発と、NRIのようなソフトハウスや金融機関などの研究開発との差が無くなってきている。また、今、話題のAIや、ロボット等のデモ等がなかったことが寂しい(かつては、結構あった)。もし、実機のセンサーでIOT環境をつくり、そのネットワークが何かを学習していくようなデモや、AIを搭載したロボットが器用に動くようなものも欲しかったところではある(これはむしろ厚木かもしれない)。

 

研究開発体制での全体的な印象では、以下である。

第一に、ノンリニアモデルの意識については、リニアモデルと、アプリからのフィードバックもあり、十分、ノンリニアモデルではあろう。一方で、分類の仕方が、長期基礎研究(10年、20年でやる)20%、先行研究(事業部とやるもの、自主的なもの両方ある)50%、事業化研究30%という区分けであり、リニアモデルの意識があるように感じた。また、通常、独自研究50%、依頼研究50%というパターンが多いが、事業化研究を除けば70%であり、別会社化しているせいか、やや先行が多いように感じた。

第二に、オープンイノベーションの意識だが、国家プロジェクトの参画、大学や研究機関との共同研究、ユーロ圏でのHorizon2020など、グローバルにも広がっており、件数も大きく、全体予算300億円に対し、数十億円の規模があり、十分に意識されてはいる。ただ、VB探索や、全くの異分野の探索は見られなかった。

第三に、研究者の活動内容だが、ソリューション系では、ユーザーとの活動が半分はあり、ハード系では、大半が実験やシミュレーションなどであり、まずまずであろう。しかし、アップルやインテルキャピタルの様なサーベイはなく、ハード系でももう少し改善の余地があるだろう。学会では、発表以外の重要な活動、コンソーシアム作り、標準化などは研究者に自由裁量が理解されてはいるようだ。

第四に、研究者の多様性だが、やはり一流大学の情報電子系が中心であり、ポスドクや、助教など任期つきで研究員を年10人程度、全体の3割くらい採用する仕組みは導入しているものの、大学を出ていないがプログラム開発の天才や、文系だが素晴らしい理系のセンスがある異才を見つける仕組みなど、はこれからであろう。

第五に研究評価は、事業部への技術移転、論文数、技術収支などであり、妥当なところであるが、一番重要なテーマの選択、予算の決定、増減、そして、なかなか時間がたってもうまくいかない場合の「EXITルール」については確認する時間がなく、次回以降にしたい。

今後は、ビッグデータ、AIあるいは社会関係に行くと、個別のテーマでもそういう傾向が多かったが、かなり社会科学との類似や融合が多くなってくる。また、こうした分野は、大学や伝統的な学会に蓄積が少ないし、よって評価も難しい。そういう意味では、今後はグループ内シンクタンクである富士通総研との連携、積極的な人事交流、統合も検討されるべきであろう。金融とITは相性がいいが、そうなると金融工学や、国際的な金融システム、規制の研究も必要である。また、東大元総長の吉川先生が提唱されている、いわゆる第一種基礎研究だけではなく、第二種基礎研究や、社会科学や民族科学の基礎研究も進めるべきであろう。そうしたシンクタンクの中での基礎的な研究が今後は意外と重要であり、そうした人材の育成や教育も必要であろう。

 

一つ、研究開発体制とは外れるが、面白い話として、IOT時代での周波数帯域やプロトコル標準化について、佐相氏によると、次は5Gだろう(NEC遠藤社長の意見と同様)が、その次はソフト化(周波数帯域を定めず、いわばFDMのように、周波数の空き状況に応じて有効に帯域を変える)との見方が示され、これは卓見だと思った。そうした時代には、法規制の柔軟な変更がグローバルで必要だし、率先して標準化活動をしないといけないが、かつてのように、デファクトをとられないようにしてほしい。

次回以降、もう少し詳しく考えていきたい。また最後に総括したい。