2015年 4月19日 変わる日立の研究開発

1.去る2015415日、14時から19時頃まで、戸塚にある横浜研究所7Fにおいて、研究開発の説明会が行われた。CTOの小島氏の他、CSI(global Center for Social Innovation)など、日本、米国、中国、欧州のトップ、知財のトップが講演、その後、展示見学、質疑、懇親会という内容であった。

参加者はアナリスト投資家が中心だがマスコミも含め、多数の参加で充実した内容であった。説明者は、6人中、外国人2人、女性2人と多様性に富んでいた。

2.小島CTOは研究開発戦略について、CSIの日本の鹿志村氏、米のDAYAL氏、中国の陳氏、欧州の鳥居氏は、いずれも、各拠点の社会イノベーション協創センター長を兼務しており、各拠点の研究開発体制だけでなく、今回の研究開発体制変更の目玉となる、社会イノベーション協創について具体的事例について説明があった。

全体的には、ノンリニアモデル、オープンイノベーション、グローバルというキーワードにおいてもよく考えられており、知財においても社会イノベーション協創モデルでやり方を変えるということが意識されており、一方で、DARPAや旧通研もない日本においては基礎研究も重要だという意識もされている。これまでの技術の切口では駄目だという認識も、経営重心と同様の認識である。多くのことが、十分に練られており、他社よりも数カ月開催が遅かったという点を差し引いても、高く評価できるものだろう。展示においても、シミュレーションだけではなく、実データに基づく展示や成果、ロボットや装置(模型ではあったが)などハードもあり、情報から電機、デバイス、材料、医療と技術分野も広く、他にはないものも多かった。展示の説明ボードでは、市場規模なども示してあるものが大半であり事業化という意識が感じられた。

質疑においても、日立計画研を取り込むべきではないか、インダストリー4.0と欧米が先行の中で、生産技術もスマトラも含め重視すべきではないか、などの課題についても、それを認めつつも、問題意識は同様であり、今後の進捗を注視したい。もちろん、器はでき方向性も定まったが、重要なのは中身であることも事実である。

日立全体の評価としても、ビッグデータ、IoT、社会イノベーションというキーワードで考えても、実際に政府や自治体も含め、多くの社会インフラに関わる顧客を持つ強み、その中で、リアルデータを持つ強み、日立の総合力が、投資家に対しても、再確認されたことであろう。

 3.小島CTOの説明の要点は以下。

第一に、これまでは、研究投資が技術(知識)を産み(研究開発)、技術(知識)が事業収益につながる(イノベーション)、というリニアモデルであったが、研究開発部門も、最初からイノベーションに踏み込む、というものであり、まさにノンリニアモデルである。その中で、営業利益/R&D(現在1.5 世界トップは3)を一つのKPIとして重視するという点は注目される。

第二に研究開発体制である。既に、20114月に、中央研究所、基礎研究所、日立研究所、システム開発研究所、機械研究所、生産技術研究所、デザイン本部、海外研究拠点からなる研究開発本部、電力システム社傘下のエネルギー環境システム研究所、同様にディビジョンラボのコンシューマエレクトロニクス研究所を、研究開発グループの技術戦略室、中央研究所、日立研究所、横浜研究所、デザイン本部、海外研究拠点に統合していた。

今回は、これを研究開発グループ傘下に、社会イノベーション協創統括本部傘下のCSI(社会イノベーション協創センタ 東京250人で内外3拠点、北米100人で3拠点、中国100人で2拠点、欧州50人で6拠点)、テクノロジーイノベーション統括本部傘下のCTI(テクノロジーイノベーションセンタ2000人 エネルギー、エレクトロニクス、機械、材料、システム、情報通信、制御、生産、ヘルスケア、国分寺、大甕、勝田、横浜の5拠点)CER(基礎研究センタ100人 鳩山と国分寺)とした。

CSIでは、500人中300人が外人である。なお、これまで研究開発グループは5000人弱とされてきたが、これは日立グループ全体であり、また半導体や液晶のカーブアウト(この分は500人程度と推定)もあり、減っている。博士の人数は2000人とされてきたが、1500人程度となっており、やはり半導体や液晶の影響である。なお、組織的には中研も日立研も解体だが、拠点としての名は残り、マトリクス組織になる。

第三にCSICTICERの位置づけだが、CSIはまさに顧客との協創であり、ノンリニアモデル、オープンイノベーション、グローバルで、社会イノベーション事業の先鞭部隊でもある。

CTIは、これまでは専門分野別に縦割で技術知識を蓄積、活用しようというものであったが、これまでの技術の区分けは融合化の中で古くトータル的に再編しながら、希少なリソースを活用しようという意識である。

CERは、前回は基礎研がなくなったが、今回は復活である点が注目される。物性、情報、生命、フロンティアが中心だが、そのミッションは、オープンイノベーションの中でのハブ組織である。この基礎研の位置づけは非常に上手い。

4.鹿志村氏の説明の要点は以下である。

氏は心理学が専門でありデザイン本部に属し、家電のデザインからサービスのデザインへのテーマを発展させていった。ピュアな研究開発部門ではないとはいえ、研究開発部門のトップが文系であり女性であるのは例がなく多様性という意味で画期的だし、氏のテーマは、サービスのデザインから、社会イノベーションのデザインになるのだろうか。CSI東京は、国内は赤坂にありエネルギー・交通・資源では顧客との協創であり、その技法開発であり、製品デザイン(旧 デザイン研)、シンガポールでは資源・交通・通信メディアの顧客協創、インドはエネルギー・産業・水での顧客協創、またソフト開発拠点(ラピッドプロトタイピング)としても重要である。

例として、ATMや防災が挙げられたが、これらはNRIなどのSIがコンサルから入りシステム提案、構築というパターンと同様の印象を受けたが、SIの場合はITだけだが、日立の場合はハード、特に重電系がはいるのが違いである。

顧客協創技法の顧客協創ツールのCyber-PoCの事例は極めて興味深いものであった。新規地下鉄の導入効果事例として、人口650万人、バスしか公共交通機関がない都市に入れた場合にどのくらい交通渋滞が減り、運賃をどの位に設定すればペイするか、をシミュレーションできる。これは、かつてNRIなどのシンクタンクが地方公共団体や官公庁向けに行っていたプロジェクトと同様であり、時代が違うとはいえ、実データを取りこんだレベルの高さに驚いた。既に保有のシミュレーションツールを使っているため、数十人月くらいの開発工数と推定されるが、もし、これを格安で提供されたら、多くのシンクタンクは厳しいだろう。もっとも、日立側は、これはあくまで自社の地下鉄システムの受注活動のためであって、このシステムを売るようなことは否定的であった。

5.Dayal氏の説明は以下である。

氏はHP等でビッグデータの解析の研究を続けてきたが、社会インフラの実データがある日立で、その知見を発揮できることを期待して入社し、通信回線混雑をリアルタイムで最適化する事例、オイルガスでの地質学や地球物理学とのコラボ事例が紹介された。 

気になるグローバルでのビッグデータやIoTでの日本あるいは日立の競争力だが、HPよりも日立を評価している印象であった。

 

6.陳氏の説明は以下である。

 氏はMOTの専攻であり、日立の中国での研究開発の立ち上げに尽力してきた。CSI中国は、北京と上海の二つの拠点からなるが、そのミッションは、北京では都市金融での顧客との協創、ITプラットフォームやIoTの研究開発、清華大学との連携、上海ではヘルスケアや物流での顧客との協創、中国の材料、製造技術の研究開発、デザイン、上海交通大学、復旦大学との連携と幅広い。中国の政策を見据えながら、政府や大学と連携してニーズを取り込んでいくというのが重要だと推測するが、中国では製造業高度化がニーズであるが(中国製造2025)製造技術がテーマにあるのが興味深い。

 

7.鳥居氏の説明は以下である

CSI欧州は人数50人で、5拠点を持ち、英国では鉄道、エネルギー、欧大陸では自動車、産業での協創、欧州ビッグデータラボや、デザインセンターもある。欧州の実情にそった顧客協創と、Acatechへ加入、インダストリ4.0活動に参画など、欧州政策動向の理解促進と仲間作りが重要なミッションであろう。

 

8.鈴木氏の説明は以下である

第一は、社会イノベーションに注力し、競争から協創へ変わる中で、知的財産権本部から知的財産本部と、「権」を取り、パートナーシップ促進に知財を使うというように、ある意味180度発想を変えたところに関心を持った。とはいえ、協創で得たビッグデータの知財をどうするかは、実態では、契約で対処するしかないようだ。

 第二は、日立の知財力の競争力として、公開特許件数が示され、また、ビッグデータ関連技術出願人ランキングでは、全体で日立がIBMに次ぐ2位、分析基盤技術では、1位であり、Dayal氏のHPよりは上らしい、ということが実証された形となった。

9.展示見学会では2015年までのテーマ、次の成長に向けたもの、未来への布石、という分類でコーナが分けれていた。

2015年までのテーマでは、世界最高速エレベータ、鉄道システム、モジュラ型電力変換器、環境対応自動車、情報ストレージ、陽子線ガン治療システムがあったが、モジュラ型電力変換機、環境対応自動車は、両面冷却デバイスやインバータ技術によるものであった。

次の成長に向けたテーマでは、Telco向けネットワーク分析、銀行向け現金管理ソリューション、Cyber-PoC、共生自立分散プラットフォームの事例、および、その基盤技術として、センシング、ロボティクス、AI、セキュリティであった。

センシングはTVカメラで人の流れを解析するもので5m四方のもので、他社の事例でもよくあるものである。ただ、混雑時、どこまで人口密度が高くなった場合に対処できるかは不明であった。

ロボットは、クルマへの応用を考えた制御技術の開発であり、搭乗型と、ヒューマノイド型があったが、いずれも車輪で動くものであり、目新しいのは姿勢制御であり、また空間認識も、予め決まった目印にそって動くものであり、全く目印も地図も無い状態から空間を把握し認識するものではなかった。

AIは、注目度が高かったが、ビッグデータから、目標関数を決め、最適化するという流行のものである。流通では15%改善、物流では510%改善、コールセンタは13%改善、プラントは数%の改善であった。不思議なことに人間系の方が改善が高く、本来、制御工学に近いプラントが僅かなのは、人間系の方が手付かずで改善度合いが大きく、プラントはこれまでの制御工学で十分に高いので改善度合いが小さいのだろうか。また、データの量や、種類によって、最適度合いがどう変わるかについては、あるところでサチレートするという回答であったが、まだ研究の余地が大きそうであった。

顧客協創の事例では、水道局への提案事例があり、これは、Cyber-PoCと異なり、ある程度はポンプやセンサーも売れるが、むしろ、このシステムを水道局自体に売ろうというビジネスモデルのようだ。しかし、水道では日本の東京都水道局が運用のノウハウが高く、仮に、水道局と協創して得られたノウハウが詰まったシステムを他の水道局に売っていいのか、また、公共団体のノウハウは都民のものだとすると、そこはどうするか、については契約やネゴで取り組むという説明であったがやや不明点が残った。

これらの中では、プレゼンにもあったCyber-PoCと北米でのネットワーク解析の二つが光っていた。

未来への布石では、故外村先生の電子線ホログラフィーを応用した顕微鏡の説明があり、元ホログラフィーの研究者としては喜ばしいかった。現時点では売るよいうより、理研などに貸し、材料開発に役立てる。ヒューマンテクノロジーではハピネス計測というのがあったが、これは10年ほど前に、研究員に、センサーをつけて行動を見るという研究テーマがあったが、その延長であった。当時はまだビッグデータという言葉もなかったが、それがある程度、現実になってきたわけである。もしかしたら、尖がった研究は、社会システム最適化に向けた新型計算機であり、磁性体の特徴を応用したものであり、ノイマン型と違い、最適化には有利なようだが、まだ初期段階である。

10.質疑で重要な点は以下であろう。以下の最初の4つは筆者のものである。

器はできたが、人材の中身と多様性はどうか?:外国人は2600人中300人、リクルートでは外国人と女性を1520%と意識してとっていることは感心した。文系研究員の採用は、認識しているが、むしろ大学などと連携を重視しているが、これは大学の人文社会科学の教育内容が企業のニーズとマッチしていないからだろう。これはむしろ先例がなかったので、企業側から大学に提案すべきであり、その成果が出てからかもしれない。日立計画研との融合は議論があるところのようだが、あまりモノカルチャーになることもよくないと考えているようだ。確かに、シンクタンクやコンサルタントの資質は異なる点もあり、今後、組織と人事制度、処遇面で工夫が必要であろう。

生産技術について、技術だけでなくスマトラ等と連携すべきではないか?:今回は説明は無かったが実は重視しているところであり、生産研は横浜と日立にあり、横浜は生産システム、日立は金属加工など。ただ、スマトラとの連携などはこれからの課題のようだし、欧州のインダストリ4.0の動きを見ながら注視している段階だろうか。

日本にはDRAPAも通研もないが大丈夫か?:これについては同様に考えており、それゆえ、基礎研を復活させ、各研究所を統合したようだ。全体の中で、リニアモデルの比率は50%は必要だろうという回答であったが、顧客協創という意味では、もう少し低いかと考えていた。CSIはノンリニアモデル、CERはリニアモデルだとすると、CTI2000人は人数割りではノンリニア:リニアが40%:60%となる。

CTIなどの研究者の活動の実態は?:計測したことがなく、イメージだが、50%は昔と同様の実験や解析、20%がユーザとのコミニケーションであるようだ。研究員自身がフィールドサーベイをして、VC的な役割を担う、というのは無いようだ。

上記以外では、以下である。

依頼研究と自主研究の比率だが、CSIでは50%ずつ、CTIでは自主25%、依頼75%CERは自主100%とのことであるが、依頼研究が、CSIが意外と低く、CTIが意外と高いと感じた。やはり、日立グループの技術のメッカとして頼りにされているということではあろうが、長期のものもあり、5年後はだいぶ異なっている可能性もあろう。研究の評価については、CTIでは従来に近くCSIはビジネス件数などである。

技術収入支出については非開示だった。以前、知財報告書では、開示があり、当時、技術収入500億円前後(当時、IBM15002000億円)、収支200億円前後と推定されていた。また、内容は、ストックかフローか不明だが、半導体、液晶、デジタル家電、HDDなどディスクが60%を占めていたはずである。しかし、現在は、これらは殆ど全てカーブアウトか撤退し、その分は大きく減っているだろう。中身は、機械や材料などが主かもしれず、ITなど技術費用が増えていて収支はマイナスの可能性もあろう。

質疑を通しての印象は、器はできたし、認識も方向性も正しいが、中身はまだこれから、というところだろうか。ただ、改めて、研究開発という機能を、狭く考えず、連携や標準化主導、など広く考えていること、またユーザの実データを有していることも含めて、日立のビッグデータなどの技術力は高いということが再認識できた。

見通しだが、今後は、顧客協創、ビッグデータ、IoTAIというキーワードからは、日立計画研との融合(これはNRINCCと同様)、さらに日立物流や日立キャピタルなど、これまであまり研究所と関係が薄かった会社との連携が増えてこよう。

かつて、日立の研究所の大きなミッションは多角化であり、遠心力が大きく、実際、多くのハード系の優良小会社が生まれていった。今後は、そこから、ソフト系や、さらに、金融とITの掛け算から、日立銀行、日立保険などが生まれると面白いだろう(ソニーが90年代にそうしたが、時代が早すぎた上、ソニーの経営重心、BtoCとは合わなかった)。立ち上げ時にも30万以上の社員と家族や協力会社も含めればユーザは100万はおり、金融インフラは、IT技術力と信頼性堅実性であり、長期サイクル小ボリュームの巨大な社会システムであり、日立に合う事業だと妄想している。