2015年5月3日 オールヌードになる?セグメント開示

201553日 オールヌードになる?セグメント開示

適切なセグメント開示は、投資家だけでなく、自社について分析するためにも必要である。報道によると金融庁は、投資家保護を目的に、有価証券報告書に記す、事業別や地域別のセグメント情報について重点審査を始める模様で、この6月末から上場企業4000社のうち、300社程を選び、質問票を送り始め、来年20165月をめどに審査を進めるようだ。具体的には有報のセグメント情報に記された事業内容や業績が適切か根拠や説明を求め、不十分と判断した場合は、追加の質問票やヒヤリングをするようだ。

電機精密企業の場合は、米国や台湾のように単独事業が多い海外企業と比べ、よりコングロマリット化して事業領域が幅広く、適切なセグメント開示は、分析に極めて重要だ。セグメント開示が不十分だと、収益性やビジネスモデルが異なる多様な事業を分析もできず、業績予想もできない。経営重心においても、適切なセグメントに分解されていることが前提となっている。投資家やアナリストにとっても福音であろうし、監査法人や東証や金融庁にとっても、粉飾など不適切な決算や開示を見抜き易くなる上、税の適切な徴収にも効果があろう。

 とうとうここまで来たか、という感慨もあり、一方で、そこまで世間に丸裸にされて、大丈夫だろうかという心配もある。

 現在は、連結決算においてセグメント開示が当然となったが、かつて、特に単独決算時代には、よくて売上の内訳くらいであった。当時、日立など総合電機は、半導体からメインフレーム、重電、白物などと、限界利益率もビジネスモデルも異なる事業が「電機」というだけで一くくりにされ、何故か知らないが4-5年に一度、売上はそれほど変わらないのに利益が大きく変化することが謎であった(実は、DRAMのシリコンサイクルによるものであった)。また、総合電機に限らず、その売上の内訳は、実際に事業本部などと同じ分類で実態に沿っていればいいが、開示のために分類し直された数字であることも多かった。実際には存在しない数字であるがゆえに、企業にヒヤリングしても、結局は辻褄があわないし、事業部の見解と異なることも多かった。これでは、多くのアナリストや投資家にとっては、業績予想をしても当るわけがなく、結局は、会社計画通りにするか、それに会社の姿勢や雰囲気で少し強気にするか、弱気にするかが大半であったように思う。

ただ、それでも、景気変動もそれほどでもなく計画的経済の中で企業の予想を信じていればよく、逆に、外部からのアナリスト如きが会社計画より正しく予想できる筈がないという風潮であり、かなり弱気の数字を入れていた場合はクレイムがきたこともあったらしい。

  逆にいえば、優秀なアナリストにとっては、セグメント損益を当てることが醍醐味であり、大きな差別化になっていた。多くのアナリストが会社計画と同じ予想をする中で、一人だけ弱気の数字をいれ、それが会社が大きく下方修正をして、ズバリ的中した時や、万人が弱気の中で強気の見通しが当った時は、アナリスト冥利につきるというものだ。その分析のヒントは、大きく業績が変動した場合の、ちょっとした売上内訳の変動や下方修正の場合の弁明で、ある部門が赤字になった等の話にもあった。また、個々の製品の収益性を必要に応じて製品を分解してコスト分析をしたり、あるいは比較的、売上内訳が単純な類似企業との比較をする。そうして、ある程度、部門別の限界利益率を予想して、業績のたびに、それを検証、精度を高めていくというものであった。

 総合電機では、NRIの歴代の蓄積から、何となく、半導体の限界利益率が大きようだということは分かっていたが、せいぜい、30%くらいで、他の重電や家電が20%とか10%とかの違いだろうと認識していたようだ。会社が開示していた売上の大きな分類の10数項目、それを製品別に詳細にまとめてあったが、当時はPCもなく、よってエクセルもなく、電卓で帳面に分類計算していたくらいであるから、限界があった。

 そういう中で、総合電機を「DRAM」と、「その他」、というに分類だけで分析したのが当時の先輩の澄田誠氏(現イノテック会長)であった。一見、無謀に見えるが、実に本質をついており、そして実際にDRAMの限界利益率は80%近く、ほぼこれだけで全体の損益が説明でき、他の重電や家電は、その変動から比べれば誤差の範囲であった。

特に、DRAMは、歩留まりや市況で大きく変化するため、これを通常の方法で分析するは不可能であり、常に価格動向と生産動向、歩留まりを個別に推定しなければならず、このため、共に、各社の工場を二カ月位毎に訪問したものである。当時は日経新聞の市況欄にも掲載はなく、調査会社もなかったため、DRAM需給の分析をしている我々の需給のレポートはある程度、役にもたっていたと自負する。90年代後半まで、日本はもちろん、韓国勢まで含め、主要な工場の月産能力と生産状況、各社の歩留まり状況は月次ベースで頭に入っていた。

また、当時は日米半導体摩擦やアンチダンピングの話もあり、その意味でも、DRAMの適切な収益性の把握は重要であった。これに関して、日米の役所関係と議論をしたり、逆にヒヤリングされたことも多かった。半導体でも液晶でも、ダンピングではないか、する米国の指摘に対し、実際は十分どころか、営業利益率は50%を大きく超えた時期もあった。また、後に、韓国がダンピングだという問題が起こった時には、韓国メーカーを調査し、これは日本の半導体メーカーの推測と異なり、かなり実力をつけていたこともあった。

当時、NRIでは総合電機担当は主任研究員(課長相当)であったため、正式担当は第一選抜で課長に就任した94年だったと思うが、まともなセグメント分析をせずに業績予想を外した先輩に代わって、実質は、91-92年から分析を任され、セグメント別の損益を、DRAMだけでなく、システムLSIや、ディスクリートなど半導体全体、液晶、メインフレーム、HDDなどストレージ、重電、家電などにも、広げ、かなりの苦労をして、ほぼ全容が完成した。

ここで参考になったのは沖電気であった。DRAM自身の損益は把握できても、会社によって、間接費などの配分も異なり、それが実勢にあっているかの検証作業が必要である。日立や東芝は、さすがに分析は膨大であり、ここから初めに攻めるのは難しいが、沖電気ならば、セグメントが、情報、通信、半導体の3部門であり、かつ半導体ではかなりのウェイトがDRAMであり、かつ限界メーカーであったため、分析しやすく、その通りに「正直に」損益が振れやすい。また、幸い、当時は通信も殆どがNTTであり、収益性がほぼ一定であったようで、もう少し小ぶりの岩崎通信機などNTTファミリー系の各社から横比較で把握できた。また組織も比較的シンプルで開示のセグメント売上も事業部と同一で、DRAMが課題でもあったのでトップやCFOの頭にも当然ながら常に実際の損益状況が認識されており、議論の末に、こちらの過去の分析がかなり的を得ていたことが正しそうだったことはうれしかった。

さらに、決定的だった事件は、NMBセミコンダクターの上場であった。まさに、同社はDRAMの単独会社であって、当時は製造原価明細書もあったので、会計上正しくDRAMのコストを把握できたのである。初めて公になった有価証券報告書の製造原価明細書を、皆で食い入るように見て、やっぱり、そうだったか、と盛り上がったことを昨日のことのように思い出す。

こうして苦労して得られた丸裸のセグメント情報は秘中の秘であって、NRIの大きな差別化であったし、レポートにはせいぜい、チラリと出すくらいであった。セグメント別限界利益率を出すことは、最も重要な一歩であり、後輩にも徹底的にそれを鍛えた。まさに、セグメント毎に限界利益率が異なれば分析のアプローチも異なり、それが差別化要素にもなる。DRAMと眞逆な例はPCである。PCは限界利益率が10%か20%であり、大半が変動費であり、中でもDRAM、液晶、HDDの割合が大きく、またこれらが市況で変動するため、この変動費の分析、あるいは調達動向が鍵になる。それゆえ、業績モデルでは、DRAMでは前提となる価格、生産、歩留まり、償却費が必須であるが、PCでは、調達されるDRAMや液晶、HDDのコスト前提と、PCの価格と台数が無い分析で業績予想はできるはずはない。DRAMでは生産、歩留まりが企業の損益を分けるが、PCでは、この調達が収益性を分けている。

しかし、その後に、セグメント損益が開示されることが決まり、我々の大きな差別化要素は失われることになり、NRIの調査部門の幹部は大いに危機感を持っていた。そして実際に企業がセグメント損益を開示されるようになると、当然、われわれもグラフであえて曖昧に示していた数字を出すし、他社も追随し、また、更なる差別化を求めて、セグメントを大分類から中分類、小分類へと細分化していき、行き着くところまで行き着いた感はある。

これで多くの企業とくに、社内カンパニー制などをとっている会社は、セグメント開示と実勢が同じになっており、まさに適切だろう。しかし、それでも、実際には、開示の分類と、実際の事業の分類の対応が錯綜している場合(通常は複数の実際の事業部をあわせて大分類のセグメント開示となっているが、そうでない場合も多い)や、事業あるいは生産と営業のマトリックス組織になっていることが多く、その場合は、損益は事業側と営業側で調整したりしており、実勢と異なる場合が多い。

例えば、現在は適切となっているが、かつては、日本無線においては、無線通信、無線応用、電子応用、その他、などとなっていた。しかし実際の事業は、現在の開示のように海上、通信、システム、であり、かつては、わざわざ、事業部の分類を整理しなおして、別の分類にしていたのである。そういう意味では売上げは、そうだろうが、実際には無線応用の事業部門はないので、損益数字はないし、それを分析しても検証のしようがない。もちろん、製品別の粗利はあっても、販管費などのコストの配分はない。

そうすると、実勢にあうようにセグメント開示をするには、組織をいじり、社内カンパニー制にして、資産も分け、営業部隊もわけないといけなくなり、マトリックス組織が難しくなる。京セラのように小さい部門でもアメーバ経営でP/LB/Sがあったり、日立のようにコングロマリット化して既に部門をそのように管理している会社はいいが、規模の小さい会社で、複数の事業を持つ場合はどうするのであろうか。

また、そもそも、会社がセグメント開示をしてこなかったのは、もちろん理由がある。IR意識が低かったこともあろうが、それ以上に大きいのは、ユーザーからの値下げ圧力が怖いからであろう。また、日本の会社がコングロマリット化したり、部品メーカーがコアの部品事業だけすれば高収益を維持できるのに、儲からない事業に多角化するのは、そうした背景もある。儲かっていることを隠してユーザーからの値下げ要求を緩和するのである。

日本ではトヨタ、海外では昔モトローラ今アップルと言われるように、納入業者である部品メーカーに対するコスト分析力は凄く、それが、競争力の源泉でもある。彼らは、見事に、部品のコストを分析し、ぎりぎりまで値下げを要請、場合によっては、コスト下げの提案までする。その場合、一つの参考が、そうした決算短信等の資料である。もちろん、そんなものがなくとも丸裸なのだろが、公文書である決算資料は、言い逃れができない証拠となる。

多角化しようが、間接費用や消去関連を調整しようが、アナリストの分析ではなく、当局の要請で、適正なセグメント損益開示となれば、会社は逃げ隠れもできず丸裸にされる。投資家からは、正しく損益状況が把握され、資産の効率化、経営の適正化につながる一方で、中には、ユーザーからの値下げ要請が厳しくなったり、海外メーカーも含めライバルの攻勢が激しさを増すかもしれない。それが、却って、企業の収益力を落として株主にとってマイナスになることもあるかもしれない。もちろん、丸裸にされても、強い企業は残るだろうし、そういう淘汰も、まだ多すぎる同業社が多い日本では必要かもしれないが、雇用面まで考えると、どうだろうか。

オールヌードでも魅力的な肉体美はあるだろうが、色気がなくなることもある。投資家、監督官庁、税務当局、従業員、取引先、あらゆるステイクホルダーにとって、適切さの程度や切口と、そのバランスには、絶妙なセンスが必要だろう。