2015年6月4日 グローバル、オープン、ノンリニアで、変わる NECの研究開発戦略 

 企業にとって研究開発の成果は、明日のポートフォリオであり、研究開発は、会社の基盤となる力であり、中長期で企業を見る場合には極めて重要である。そうした意識の中で、NECも、継続的に、研究開発IRに注力しており、例年、年末に本社で研究開発戦略と、研究開発事例が紹介される。2014年の129日に説明会に参加、その後、319日に、研究開発を統括する江村執行役員にも個別取材をしたので報告する。早期に取材にも詳細な資料を準備、協力して頂いたのに、大変、遅くなって申し訳なく、多少、当時と状況が変化している可能性を含みおき頂きたい。キーワードは、グローバル、オープン、共創、ソリューションである。

変わるNECの研究開発

従来から、NECの研究開発IR説明会には長年参加してきたが、だいたい技術のロードマップや技術マップが示され、その中でのNECのテーマや強い技術が紹介されるとうものであった。もちろん、社会のメガトレンドの中での技術の貢献ということは強調されてきたが、かつては、半導体や液晶等デバイス分野もあったので、ややシーズよりであり、リニアモデルを前提としており、やや自前主義的であった。

また、展示されていた技術も、独自とはいえ、他の総合電機の研究開発IRで類似の例が紹介されていたものが多かった。身近なニーズの実用化というより、それこそ、ノーベル賞級のイノベーションを狙うような展示の印象があった。

それが、数年前に12回参加できず2012年か2013年に久しぶりに参加したら、それまでとかなり印象が変わったと思ったことを覚えている。もちろん、半導体等のデバイスを切離し、ケータイ端末も縮小しため、研究開発でも、事業ポートフォリオの変化の中で、そうしたテーマが減ったこともあるが、それ以上に、ソリューション志向になり、研究テーマも他の総合電機と変わってきたなと感じた。

今回の取材でも、江村氏に確認すると、2013年頃から、NIH症候群(要は自前主義)を排し、こうした、オープンイノベーションと共創、グローバル化を言いだしたのは、その頃であり、確かに、私の印象と符合する。当時の中研の5所長で1年合宿して議論した結果、こういう方向性を打ち出そうと決めたそうである。

技術者や研究者の技術プッシュ主義もいい面もあるが、研究者自身がマーケティングをするように、変えようとしたようだ。

そういう意味では、2015年の春先から、日立や東芝が、研究開発体制を刷新したが、NECは、12年早く、変えつつあったことになる。ただ、日立においても、Nidecに転じた福永氏が、日立の中研で、共創を提唱していたのが、その頃であり、前回の日立の研究開発IRで、何時から体制を変えたのかと聞くと、2013年からという回答があった。つまり、日本の電機メーカー全体に、脱リニアモデル、オープンイノベーション、グローバル化への動きがあったのかもしれない。

特にNECにおいては、ポートフォリオを社会ソリューション等に絞るという戦略があり、既にデバイスを有しない分、研究開発の方向性を変えるのも、巨艦日立よりは早かったのだろう。

メガトレンドとロードマップ

 NECは、通称、ブルーブックといわれる「NEC Vision」において、メガトレンドとテクノロジートレンドを予測、その中で、NECが目指す社会価値創造を打ち出し、顧客と共に創る未来を分野別に紹介している。「NEC Vision」は、アニュアルレポートやCSRレポートの技術版ともいうべきもので、ブルーブックとホワイトブックがあり、ホワイトブックは、ケーススタディやハイライトが中心である。また、中央研究所のパンフレットにおいても、そういう社会や技術のトレンドの中で、研究開発のロードマップが示されている。

 したがって、NECの研究開発戦略は、「①高い価値を提供できる領域を絞り込み、②強い技術を徹底的に磨いてコンピタンスを創りこみ、③パートナー・顧客との共創を通じて強いソリューションを創出」とあり、最近のキーワードである共創、オープンイノベーション、グローバル化、を十二分に意識し、かつ実行もしつつある。

その結果、かつては、研究開発は、技術のデパートであったが、今は、No1Only1(例として、インバリアント分析、顔認証、テキスト含意認識、高解釈な予測を自動構築する異種混合学習、など)に絞り込み、弱い分野は提携、また知識は顧客にあると認識して、大きく戦略を変えている。

 

社会ソリューションに貢献するNo1Only1技術 

 実際、こうしたNo1Only1技術は、社会ソリューション事業に貢献しており、多くの具体的な実績が示された。同時に、インフラ整備から計画運用支援、判断支援、コンサルなど新事業創出にも貢献している。特に注力している技術は、データサイエンス、ICTプラットフォーム技術、具体的には、コンピューティングでは、ベクトル化・並列処理、光や無線などネットワーキングの技術、暗号やアクセス制御等のセキュリティ技術である。

将来に向けては、人間理解の人文系科学やロボティクス、脳科学も取り組んでいる。このような中長期のテーマについては、かつては基礎研がやっていたが、オープンイノベーションの中で、国研や大学に委ね、何が起きているかを理解する能力は維持しつつ、大学発の強いところと組むという方針である。

なお、シーズとしては、全く新しいものは少なく、また、ソリューションをやっていくうちに育つものも多い。トップダウンで、戦略的に、脳や生体模倣など、飛び地のテーマも必要だろう。

研究テーマのポートフォリオは、リニアモデルではないので、適切ではない分類だが、あえて時間軸でテーマを見た場合の分布は、「明日の研究」80%、「明後日の研究」15%、それより先が5%のようだ。ソリューションやソフトは、5年先、プラットホーム系は10年、オープンフローやシマンフォッドも7-8年だった。シンギュラリティは30年後のようだ。

研究開発費は、売上5%で不変だが、実態は増加している、特に、オープンイノベーションの中で、自身は、より強い所に、NW、インバリアント、サイバー、データサイエンス、セキュリティセイフティ等にフォーカス、弱いところは外部とのパートナリングによる。このため、NEC自身のテーマでは、予算は増えていることになる。予算では、コーポレートが半分、事業部側からが半分だが、コーポレート側から増えており、将来の弾込めへの期待だが、それゆえテーマ選定が重要になってくる。

M&AVB投資については本社サイド、研究所は、相当早いステージであり、1億円程度だがチラホラある。研究員が西海岸やイスラエル等に行って自身の目で確かめ評価する。まだまだ、その比率は低いようだ。

オープンイノベーション

オープンイノベーションでは、新たなシーズ探索が大きな役割であり、シーズ探索フェーズでは、かつては学会等が中心だったが、今は、内外のVBファンド、大学・国研、異分野も含め学界・展示会からテーマを見つけ(この段階は全体の数%のイメージ)、そこから技術を探索し(この段階で15%くらい)、そこから研究開発のテーマとなっていく。

オープンイノベーションのレベルがどうかを判断するには、全体の体制面と、実際に、個々の研究員の活動というミクロレベルでもどうか、見る必要がある。アップルに代表されるが、米国では、研究員は研究所の実験室に閉じこもるのではなく、顧客との共創や、ハード系でも、大学回りだけでなく、研究員が世界中のVBや中小企業をフィールドサーベイしている。それが、目利き力の向上にもなり、自身の研究を客観評価することにもつながろう。また、実際、アップルのサプライチェーンの中での台湾での新興企業の発展や成長につながっている。そういう視点で、NECの研究員の活動を聞くと、人と分野で異なるが、ソリューション系は、ほぼ現場だが、プラットフォーム系では、まだ研究所内が中心であり、伝統的な研究員の活動のイメージに近い。

グローバル体制

今回、もっとも強調されたのが、グローバル体制である。世界中の知の活用が、自身のためにも、オープンイノベーションにも不可欠である。

グローバル体制は、日本の他、米、欧、中国、シンガポールの5極である。海外が予算や人員でも30%を占める。それぞれの極にマッチした役割で、北米は、研究、最先端の研究、AIなど、欧州は、25件のプロジェクト参加、エコや通信等標準化、中国は巨大市場での実証も含めたソリューション、シンガポールは2年ほど前から実証実験を担う。こうした海外体制は、日立と同様である。

人材のグローバル化も重要だが、NECでは、グローバルでの人材登用や連携と、日本人研究者のグローバル化がある。2011年当時は、海外研究所とグローバルオープンイノベーション併せて29%だったのが、2014年では35%、さらに、2017年には50%となる(海外研25%、グローバルオープンイノベーション25%)を目指す。シンガポールでは、現地での積極採用や提携を強化する。

また、日本での外国人比率も5%を超えたが10%にする。日本人で日本の経験が中心のドメ人材は2/3ちかいが、1/3にし、海外研・研究者と国内の外国人で1/3、日本のグローバル人材で1/3にしていく。

評価とEXIT

研究開発成果の評価は、本社からの予算か、事業部門からの依頼か、また、実用化へのフェーズで異なる。事業化に近づいた段階では、事業部門からの受託の動向、金額などが評価指標になる。もちろん、今の困りごとと将来の困りごとの解決にどう貢献したかが重要で、事業化への貢献で測れる。それ以外では、一つ一つの定量評価は難しいし、評価するツールはない。もちろん、知財と論文、一流学会でのプレゼン能力というこれまでのパターンを踏襲はしている。

研究の中止については、事業部門からの評価や、NECのテーマ性を考え、ダメな場合は、早めに中止するし、その方が、貴重な人材リソースを他にテーマに有効活用できるという認識には感心した。多くの研究が研究のための研究、論文書くための研究となりがちで、当人も実用化が難しいと内心思いながらダラダラと続け、その能力を無為に過ごすことが多いからである。ただ、研究の評価は、時間軸の問題、出口戦略、定量評価など難しいようだ。ユーザーと共創する場合は、規模も大きく、NEC側だけで簡単に中止するわけにじゃいかないが、これは通常の業務プロセスの中で判断する。プラットホームの場合は、投資効率などで判断する。

人材育成とローテーション

人材育成については、分野を跨ってのローテーションを積極的に行っているのは、事業化推進に適した人材、さらには将来、マネジメントを担わせるべき人材という認識をもっているようだ。

また、ある分野で、高い能力をもつ「とんがった」人材も研究フェーズだけにとどまらせるのは得策ではなく、事業化について経験を持たせることが、研究能力を更に向上させるために重要と考えているようだ。ただ、この場合は、あくまで研究能力の向上のために、狭い分野や限定された職務だけでなく、多様な経験を積ませるのであり、領域の範囲は限定的になるようだ。

この辺りは、アナリストの育成においても、担当分野を幾つ経験させるか、セルサイドだけか、ストラテジストなどマクロも経験させるか、バイサイドや投資銀行部門を経験させるか、同様の議論ができよう。

80年代以前は、そういうローテーションがあったが、アナリストランキング導入の結果、また外資系の影響で、多くのアナリストが、担当が固定化され専門性は深くなったが、ある程度いけば、幅が狭い分、さらに深堀が難しくなっているかもしれない。

自身の経験でいえば、狭義のアナリストになる前に、新設の技術調査部に配属され、その部署の立ち上げと、新技術の調査や木上場企業の調査ができたのは良い経験になったし、外資系等での調査部長の経験、前職での運用者と社長の経験は有用だったが、これも、アナリスト業とのバランスが難しかった。

多様性

研究所の人材ポーオフォリオも、テーマが、AIにしろ、ビッグデータにしろ、情報や電子、あるいは自然科学というよりも人文科学や社会科学の知見が必要そうなものも増える中で、変えていく必要がある。そのため、今後は、文系の研究員採用も含め、専攻分野の多様性が必要であろう。この点については、認識はしているが、文系人材がまだ少なく、ある比率を決めてとるしかないかもしれないようだ。当然、指導や教育の仕方も異なり育成が問題だろうが、そこは徐々に文化を変えていくしかないとした。

また、長年、企業にも大学学会にも知見が蓄積しているハード系と異なり、基盤蓄積が薄いが、それゆえに、グローバルのオープンイノベーションが必要であろう。

研究所の人材の内訳は、55%が電子・情報、20%が他の工学、20%が理学、5%がその他であり、まだ多様性が少なく、今後は、人文科学なども、いわゆる一流大学の卒業生が多いが、異分野や、普通のキャリアは外れたが並外れた才能を持つ人間の採用はこれから。そういう「面白い人」はNECの人事の基準ではまだない。

他方、アカデミックに籠るのではなく、実体験も重要だろう。イスラエルでは、18歳兵役だが、そこで暗号解読の才能を発揮したり、米国では起業によって20歳で現実の課題に直面し能力を鍛える場合もあり、大学にいればいいというものではないというのは納得できる。

 

知財

知財については、特に共創の場合は権利をどうするか、など難しい問題がある、またビッグデータの場合は個人情報などが問題になる。いずれも、知財化に、チャンレジしているが、簡単ではないようだ。これは、共創や、オープンイノベーションで、多様なノウハウを蓄積していくしかないだろう。

 

研究テーマ展示

研究テーマ展示は、①都市の総合監視、②橋梁予防保全、③プラントセキュア運用、であり、それぞれ、詳細にまとまって解り易かった。個々の技術をバラバラにアッピールするのではなく、まとまって、いたし、それぞれの技術をどう組み併せ総合化して、どう問題を解決し、事業に貢献しているのか、という視点で展示されていて、ビジネスモデルが理解できた。

 都市の総合監視では、シンガポールやアルゼンチンの実例であり、得意の顔認証では、整形してもわかるようにまで進展し、映像や音声解析と組み合わせ混雑環境下の人数推定や異常行動推定が可能になる。

 橋梁の予防保全では、振動パターンから、内部劣化を見える化するもので、目視、赤外線、歪ゲージなど他の様々な技術とのコストや性能の比較がわかりやすかった。

 プラントのセキュア運用では、3000個のセンサーで圧力、温度、水位のデータからインバリアント分析技術を使い、異常予兆を発見、事故を未然に防ぐものである。ただ、センサの設置所はプラント任せであり、データはリアルではなく、プラントから貰ってシミュレーションで分析している点が気になった。

 いずれの例も複数の技術を組み合わせながら、総合的に問題を解決しているというのが特徴的、実践的であり、他社の展示と異なる。一方で、都市の例では、いいが、それ以外のプラントや社会インフラでは、リアルデータをどうするかが課題であろう。