2015年6月4日 三菱電機の研究開発

三菱電機の研究開発IRは、例年2月に行われる。むしろ、マスメディア向けであり、研究開発戦略について、というよりは、研究開発成果披露会・技術説明会である。説明と展示見学、またバインダーの分厚い書類が配布される。

80年代後半に、NRI時代に同社の研究開発についてのレポートを纏めた際に、当時、専務で研究開発を担当されていた故伊藤氏に話を聞き、鎌倉、尼崎の研究所を訪問した。また、研究開発セミナーは、その頃から参加しているが、二拠点で隔年で行われていた。日立や以前の富士通同様に、懇親会もあり、元社長の野間口氏と議論もできた。

運用会社所属のこの10年は、都心から離れており時間の制約もあって、残念ながら、出席できる機会が減っていた。また、今回の217日の説明会は資料は頂いたが参加できなかった。ただ幸い、314日に、「ものこと双発学会」が東京理科大MOTにて開催され、研究開発担当の近藤専務による講演を聴くことができた。やや時間が経過したが、それも含め、ここで纏め報告する。

 三菱電機の研究開発は、「もう一段高いレベルの成長」を実現するため、①強い事業をより強くする、②新たな強い事業を継続的に創出する、③強い技術を核としたソリューション事業を強化する、という3つの戦略への貢献が目的である。研究開発により生まれ蓄積された、制御(運動、熱、流体、電力)、パワー、暗号化、通信等の技術資産を事業基盤と結びつけ、それぞれのシナジーを生み出す。これらは、オープンイノベーション、すなわち、内外の大学、企業、官公庁等と共同研究開発によって強化される。

研究開発の考え方、進め方は、時間軸で、異なる。まず、1-3年の短期では、現在・次期の製品強化、4年~10年の中期では、次期・次次期の製品強化である。10年以上の長期では、これまでの延長線にある先進技術と、パラダイムシフトにより事業に影響を与える破壊的技術、さらに未来社会をイメージしバックキャストされる、あるべき姿の実現に必要な未来技術をあわせ、オープンイノベーションにより、外にある技術も取り込んで行う。研究開発費は、毎年、増加しており、2014年度は1900億円を超えるが、この短期、中期、長期のバランスが重要であり、それぞれ、進め方が異なることを意識しているようだ。

研究開発体制としては、世界5極であり、国内は2拠点、3研究所で、鎌倉には、情報技術総合研究所とデザイン研究所、尼崎には先端技術総合研究所、海外は、米国ボストン、欧州(英仏)、中国はまだ小規模だが、それぞれ拠点がある。尼崎の先端技術総合研究所は、ハード中心で、パワー系、機械、エネルギー、デバイス等を対象とし、約1000名のメンバー。鎌倉の情報技術総合研究所は、情報、通信、マルチメディア、光などを対象とし、800人体制。デザイン研は、いわゆるデザインだけでなく、工業設計や使い易い安心安全など広いコンセプト(ユニバーサルデザイン)を研究し、現在、100人体制だが強化していくようだ。海外では、米国がメカトロと情報通信、欧州が環境、エネルギー、通信のようだが、テーマや領域だけでなく、先端動向の入手か、標準化動向のフォローなのか、ユーザーとの共創なのかが不明確である。また、中国の位置ずけが不明である。以前から、この体制は不変だが、いわば、西がハード、東がソフトという二拠点体制と、デザイン研が特色であろう。また、東西の研究トップは交換し、意思疎通に役立ち刺激を与えている。

オープンイノベーションの推進としては、大学、独立行政法人、大手企業、海外の国研、官公庁政府機関、標準化機関・フォーラム、VBとの連携であるが、ここで、標準化機関・フォーラムを、あげていることは注目される。これこそが、情報通信などではきわめて重要であり、オープンイノベーションの鍵でもあるからだ。ただ、実際には、その具体例がないのが気になった。

ソリューションの重視においては、縦軸では、個々の機器から複数の組み合わせ、さらにシステム、ソフトという方向性と、横軸では、個々の縦割りの事業から、複数の事業連携になるのが望ましいとした。現在は、まだ途中の複数の機器の組み合わせと複数の事業が横串で連携した段階だが、最終形では、それをソリューションに持っていかなければならないとした。ビルでいえば、エレベータ、エスカレータ、だけでなく、制御、照明、空調、受変電設備を組み合わせ、ビル設備運用システムにし、また、監視カメラや入退出管理、などにより、ビルセキュリティシステムを提供できる。FAでは、単にロボットやセンサー、というレベルからIoTやインダストリ4.0に発展していくイメージであろう。これらは、実際に、CEATECでもそういう展示がされており、例えば、家電メーカーだけでは、空調だけだが、昇降機や制御を持ちシステム志向がある同社ならではの展開である。

コード、三菱電機の行動様式、すなわち品質信頼性を重視しており、例えば、1年で壊れるようなものは開発しない、またデザイン研でも重視しているように安全安心の設計を重視している、などが強調され、モノ作り、あるいは製品開発戦略に、そうした思想を織り込むというのも興味深い。面白かったのは、PDCAが大事だが、研究開発においては、Pの段階での志の高さが重要だとした。

研究開発担当の近藤氏のバックグラウンドは、経産省で知財を担当した官僚出身であり、これまで、と異なり、①生抜きではない、②いわゆる理工系出身ではない、③研究者でも技術者でもない、という意味で、同社だけでなく、日本の電機メーカーの研究開発担当としては異例だろう。①の生抜きではない、というには幾つか例はあるが、多くは、他社で研究開発を担当した所長、高名な研究者、大学の先生が多いが、役人は異例だ。ただ、海外では、これらは普通であり、理工系だけが、研究者技術者というわけではないし、マネジメントという点では、研究者技術者である必要はないのは確かだろう。これが、他社にも広がるかどうかは興味深いし、そういうバックグラウンドが、どう、研究所に良い刺激を与えるか、も興味深い。また、前にブログでも書いたが、社長の選出プロセスも同社は独特であり、人事そのものが、地味な社風にしては、ユニークである。近藤氏の説明も、多くの研究開発のトップとやや話しぶりは異なり、志の強調や、製品開発でのコードを重視、オープンイノベーションで標準化機関を強調するところは、氏のバックグラウンドならではであろう。また中国の故事なども面白かった。

全体的の印象としては、研究開発の位置ずけは明確だが、不明な点あるいは他社との比較において、①オープンイノベーションと主張するわりには具体例や、その仕組みが不明である、②関連して、他社ででてくる「共創」というキーワードがなく、また、ソリューション、といってもユーザーとの連携ではなく、自社中心のソリューションであると感じた、③関連して、共創の場合での知財戦略が不明であった、④また、ハードよりが多いせいかもしれないが、研究テーマの分類などにおいてリニアモデルが支配的な印象もある、⑤前述したが、海外の研究体制の役割はまだ不明、⑥基礎研究をどうするかが不明、と感じた。これらは、今後、機会があれば確認したい。

研究成果披露会展示では、三つのカテゴリに分類されており、①強い事業をより知よく(先端技術総合研究所)、②新たな強い事業の継続的創出(情報技術総合研究所)、③研究者が考える未来像(デザイン研究所)というもの。直接に対応するわけではないが、①がやや短期で事業直結、②がやや中期で横串、③がより長期であろうか。

まず、①のテーマでは、尼崎のハード系であるが、太陽光発電向けシステム安定性向上技術、粒子線治療装置向け多機能照射ノズル、低炭素社会に貢献するSiCパワーデバイス、工作機向け工具位置の制御技術、将来の工場に向けたIoTファクトリーコントローラ、レーザによる津波監視支援技術、超高速エレベータ技術、であり、確かに、現在の事業に直結するものである。

次に、②のテーマでは、鎌倉のソフト系が多いが、小型及び大型「風計測ライダ」、道路橋の劣化検知技術、気液界面放電による水処理技術、IoT時代に向けたセキュリティ技術、監視カメラ向け無線ネットワーク、スマートホームコンセプト、ARを用いた公共インフラメンテナンス技術、であり、よりスケールの大きい夢のある例が多い。他社の研究開発で、もっとも多いカテゴリーではあるが、あまり類例がないユニークなものが多い。

最後に、③のテーマでは、スマホによる3次元モデル再構成技術、車内音声通話の雑音除去技術、途上国の暮らしに向けたコンセプトモデルであった。特に、この中で3次元モデル再構成技術はロボットの環境認識にきわめて重要であり応用が広いだろう。また、途上国の暮らしに向けたコンセプトモデルは、デザイン研らしい、人文社会系の知見も取り入れたユニークなものであり、幅広くいろいろな事業に貢献するであろう。

どれもユニークで面白いが、他方で、流行のビッグデータやAIなどに関する解析技術、かつて優位にありマスメディアでも取り上げられた暗号技術などは、話題になく、どういう状態にあるのかが気になった。