2015年6月16日 日東電工の底力~ロールツーパネル特許に見る技術・知財・構想力

電子部品業界でも、村田製作所はじめ、ようやくITバブル時のピーク利益を更新する企業が増えてきた。景気サイクルによって浮沈はあっても、そのサイクルで、最高益を更新できないのは、何か問題があったり、会社の体制が業績に相応しくなっていないからである。日東電工も、何度か、営業利益1000億円の壁にぶち当たり、あと一歩というところで、3度目の挑戦で一気に突破した。これまでは、液晶向けの偏光フィルムの一本足打法とは言い過ぎたが、クリスタルサイクルの影響が大きかった。しかしく、テープ事業でも高収益化、また偏光フィルムでもビジネスモデルを導入して安定化し、それ以外でも新しい芽が出てきた。グローバルニッチトップや、3新活動などが実を伴ってきたといえる。樹木に喩えると、そうした幹や枝ぶり、業績である花や実の下に隠された根っこの力が素晴らしくなっている。それが、IR説明会にも垣間見え、また、ロールツーパネルの特許を通して分析してみると実感できる。技術力、知財力はもちろんであるが、ビジネスモデルの構想力も驚くべきもので、営業利益1000億円台として相応しい、あるいは、それ以上の潜在力を感じさせる。

 20155月の経営説明会では、共創を意識した新しいビジネスモデルについて、それを経営指標から考察すべく質問したのであるが、会場マイクの不具合で会社側が聞きとりにくいなどの問題や、あるいは、あまりにも肝の部分なので、詳細を説明したくない、という意識からか、その場では、十分では議論できなかった。その後、近くの席にいて理解した何人かのアナリストが私の質問意図を伝え、会社側からもフォローがあった。当時、会場の聴衆の中に誤解もあったろうから、ここで、独自の分析で紹介したい。

 日東電工が、IRなどで最初にロールツーパネルの話をだしたのは、前柳楽社長時代の2010年頃だったが、TVが大型化し、歩留まりも良くないのに、価格下落も厳しい時代だった。TV向けは既にコモデティ化し、パネルメーカーにも、フィルムメーカーにも厳しく、日東電工も苦戦していた。ロールツーパネルを導入して歩留まりが良くなっても、それは偏向フィルムを使う量が減るわけで、あまり日東電工にプラスではないのではと考えていた。しかし、それは誤解であり、まさに、ユーザーとの協創によって、顧客側もロスが減り、双方の業績に貢献したのである。

2013年度~2014年度にかけ、TV向けフィルムが業績で貢献したのも、パネルメーカー側の低歩留まりで大量に使うからではなく、価格安定の賜物であった。低歩留まりによるものであれば、歩留まりが改善すれば業績が悪化するはずだが、そうはなっていないからである。トップ級メーカー同士の信頼関係と価値共有に基づく共創モデルの好例であろう。

 従来の液晶パネルメーカーと偏光フィルムメーカーの関係は、パネルの切り売りモデルであり、偏光フィルムメーカーが、ロール状のフィルムを、所定のサイズにカットして、それを梱包し輸送、パネルメーカーで開梱し、洗浄や検査を経て、パネルメーカーの資産である製造装置において、貼り合わせていた。

 偏光フィルムの貼り合わせは、偏光軸の方向の関係で角度が難しく、無駄な部分が多いし、気泡が入ったりし、その過程で歩留まりが低下する。これは90年代に、液晶産業を調査する上で、豊橋工場か尾道工場の見学の機会があったが、当時ですら、貼り合わせは大変そうだという、強い印象を持った。そのラインの様子は、脳裏に焼き付いている。それが、改めて特許分析で、よくわかったのだが、フィルムゆえに、温度や湿度、クリーンルームの環境、張力、曲げ剛性、などなど微妙な条件が大変である。さらに、ガラス側がどんどん拡大、薄くなり、ペラペラで撓みも生じる中で、それを90度、角度をかえ、二枚貼り合わせなければ、いけない。もちろん、検査工数、包装、輸送、保管などのコストも大変になる。また、歩留まりによって状況が変わるから、お互いが、どのように在庫レベルを考えるかも難しい。フィルムメーカーからみれば、注文量が増えていても、それが実需なのか、歩留まり改善遅れなのかが不明であれば、疑心暗鬼にもなりかねない。

 ロールツーパネルシステムは、偏光フィルムをカットせずに、ロール状のままで供給、同時に日東電工の貼り合わせ装置をユーザーである液晶パネル工場におき、日東電工の社員がメンテしながら、そのまま、ロールからフィルムが連続供給され、要求される長さでカットされて貼られるというビジネスモデルである。当然、梱包や開梱、輸送コストが大きく減るだけでなく、フィルムの取り扱いに熟知した日東電工の技術者が、サポートするため、歩留まりも向上、無駄な在庫も不要となり、双方にコスト削減効果は大きい。

一方で、当然、歩留まりや生産状況はリアルタイムで丸裸で日東電工側には把握されるし、秘中の装置やロールが工場内に置かれるわけだから、日東電工側のノウハウも丸裸でパネルメーカーに知られる。しかし、信頼関係の元に、お互いが生産状況を知るからこそ、Win-Winの共創となる。ただ、パネルメーカーにとっては、貼り合わせの技術が全部、日東電工に依存すると、歩留まり管理も含め、コスト構造の把握、技術の蓄積がなくなることの不安はあるようだ。

最初に、ロールツーパネルが導入されたのは32型のTVからであり、海外では、サムスン、国内ではシャープだと推定され、業界でもそういう認識のようだ。サムスンでは、まずテスト的に1台を導入、技術やコストで十分な成果が出たため、数台を追加したようだ。内外の他のトップメーカーも同様であり、日本1社、韓国2社、台湾でも導入、5社程度には広がっているが、中国への導入は知財や、あまり普及し過ぎても、ライバルとの関係があり、難しい判断だろう。

ユーザーとの信頼関係、共創が重要なので、これがあまり広がり、コモデティ化するとよくないので、このビジネスモデルを広げる方針はないようだ。たとえば、TVでは、40型はコモデティ化しており、今は、あまりなく、貼るのが難しい50型以上が中心のようだ。また同様の理由で、貼り合わせがそれほど困難ではないスマホ等にも導入はしない。クルマのボディなど全く別の分野に関しては、TV向けほどの精度は不要で、やはり、適用外である。

会社側とは確認できなかったが、システムの全容や写真などから見ると、数億円以上10億円台はしていた可能性はある。ただ、現状では、有形固定資産であり、5年償却なので、簿価はB/Sに目立つほどではないようだ。

歩留まりロスもなく運送ロスもなく、在庫日数で、数日は向上に寄与はしているだろうが、やはり全体に占める割合は、機能材料の中のTV向けの中の一部ではあり、金額で顕著に効果が見えるほどではない。

 特許では、関連も含め100件ちかく、広く、ある部分は深く把握してあり、上手な特許の取り方の見本のようである。特許事務所が二つ使い分けているが理由は不明である。フィルムの製造法、反物、装置、カットの仕方、90度回転して貼る方法、歩留まり、受発注、生産管理、など多岐にわたる。歩留まり生産管理のところは、まさにビジネスモデル特許ともいえる部分である。

 全体の流れは、①事前検査された偏光フィルムの欠点位置情報を活用、②偏光フィルムの縦型フィルムをキャリアフィルムとして利用、③側長結果としてマーク読み取り結果から不良部を最少面積で切り込み、④正常シート片か否かを判定、⑤正常シート片をキャリアフィルムから剥離しパネルに貼り合わせ、というものである。

偏光膜は10μm未満、偏光膜について、重合度、Nz係数などの諸特性、偏光膜の収縮特性は重要であり、保護フィルムは0.5μm未満、水中延伸温度30~65度など具体的である。貼り合わせ工程では、曲げ剛性も具体的、ロールの形状での角度20度、貼り合わせの、温度23度前後、湿度35~80度以下、フィルム積層体の水分量7.8g以下、などとあり、この条件以外では難しいから明記されてあるのだろう。

実際の特許は、この本質的な部分を請求項にわけ、全貌を解りにくくしてある。ビジネスモデル的なところは広くとり、具体的なところは深く記してあり、なかなか、この特許を突破するのは難しいようだ。なお、参考までに一部を示す。このロールツーパネルは会社が注力してあるとはいえ、これだけの特許を取れるノウハウは大きな基盤力である。

 

事業環境としては、TVの大型化4K8K化の進展、スマホ市場の好調というプラスの半面、ITOを使うタブレットの成熟、将来のOLEDの可能性など懸念材料もあるが、フィルム技術の展開の潜在性は大きく、知財力やビジネスモデル構想力を「根っこ」として、狭い液晶関連だけでなく、広く、思わぬ分野でも、開花しよう。


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