2015年9月7日 抗日戦争勝利70年周年記念式典報道を見て

TV等で、「抗日戦争勝利70周年記念式典」の軍事パレード、太めのオールバックの髪型のトップ、美女軍団の行進、巨大なミサイルの行進を見て、雰囲気が、北朝鮮のパレードに似ていると感じたのは私だけでは、なかろう。

少し違うのは、習近平の表情が、ある種、高邁な理想に燃えているかのようであり、もしかしたら、心底、中華思想の中で、勝利と足元の景気低迷や混乱の危機はあるが、そうはいっても、ここまで大国になった感慨にふけっていたのかもしれない。

負けたのは軍閥、勝利者は?

もう一つ、ちょっと雰囲気が似ているなあ、と思ったのは、戦前の大東亜会議の映像であり、これも実状とは異なり「侵略」も忘れて、その瞬間は、当時の首脳もアジアの解放と東洋平和に心底燃えていたのだろう(多くの若者や子供はそう信じていた)。そういう意味では、嫌味ではなく、心から、「軍国主義日本」に勝った共通の立場で、安部総理を招待したのかもしれないと思った。

実際、満州事変後、2.26事件頃から、統制がとれず下剋上の様相を呈していた陸軍中心に、誰も止められなかった軍部の暴走を敗戦と大きな犠牲によって止められたようであり(昭和の迷走by多田井喜生)、国際的にも極東軍事裁判などはそういう解釈なのかもしれない。軍閥が絶えてホッとしているのは当時の内務省であったようだ。

軍事パレード

さて、書きたいのはそういうことではなく軍事パレードである。国威発揚の絶好の機会であり、国民に高揚心と自信をつけ、海外は威圧するのが目的であり、故に、海外の首脳や武官を招く。今回は、米も射程距離に入る大陸間弾道ミサイル「東風31A」、空母「遼寧」の艦載機「殲15」を始め80%以上500超の兵器を新しく公開し、米軍を牽制したという。また同時期に日米自衛隊は、カルフォルニア沖で水陸両用機動部隊による共同演習をして、あたかも対抗したかのようだった。

戦前では、海軍の観艦式がまさにそうであり、国民は連合艦隊の威容と一糸乱れぬ艦隊運動の規律に誇りを持ち、信頼を寄せていた。

21世紀半ばの戦争

しかし、21世紀になり、ミサイルや戦車、軍艦のパレードを見ても、実際は、どれ位、威圧効果があるのだろうか。それは、戦前に、巨大戦艦よりも飛行機の編隊航行を見せた方が、威圧になるのと同様である。むしろ、戦車やミサイルを見て、まだ、古い戦争の概念、旧式軍備だと、中国は遅れていると考えた専門家もいたのではないか。

では、今後の戦争の主役は何か。「100年予測」(ジョージ・フリードマン 早川書房)によると、21世紀半ばの戦争の舞台は宇宙であり、衛星の撃破が、まず最初だそうだ。衛星で、地球上にあらゆる様子を把握し、また、軍事施設や首脳の居場所に、電子ビームかミサイルを、ピンポイントで打ち込むが、衛星が無ければ、何もできない。それ故に、衛星を、宇宙空間で、電子ビームなどで撃破するのが第一段階だそうである。そうして中枢を破壊して指揮命令系統をなくしてから、ロボットで上陸、という動きになるらしい。

そういう意味では、21世紀半ばの戦争は、これまでと違って、それほど死傷者も出ず、あっという間に終わり、知らないうちに政府首脳が殺され、重要施設が破壊され、政府が交替していた、というものらしい。