2016年9月2日 R&Dの無形資産価値化と技術流通

アナリスト以前のシンクタンクとしてのNRI時代からR&Dは関心を持っているテーマであり、87年から研究技術計画学会(現、研究・イノベーション学会)に所属、現在はMOT学会にも所属している。また、NRI時代には、Nomura Search誌に「R&Dホットライン」シリーズにて、研究所の研究を開始、ケース・スタディを報告していた。初回の日立中央研究所をはじめ、30近い国内の企業、国研、海外の研究所について、R&D体制、組織評価など技術移転など考察していた。アナリストに転じてからも、企業レポートを書く際には常に、この視点を持ち継続リサーチをしている。この2年でも日立、三菱電機、NEC、富士通などについて報告している。

http://www.circle-cross.com/2015/04/20/2015-419-変わる日立の研究開発/

http://www.circle-cross.com/2015/06/04/201564-グローバル-オープン-ノンリニアで-変わる-necの研究開発戦/

無形固定評価には適切なR&D費用の評価が重要

 その中で、R&D費用についても考察してきた。これは各社で計上基準が異なり、単純に横比較して、アプリオリに公表されている数字を使って分析するのが妥当なのか、という視点と、さらに、IFRSになると資産計上も可能になり、その認識差異が一層拡大するという懸念である。各社で全社及びセグメント別にR&D費用は開示されており、大まかな傾向はあるが、その詳細を長年確認してきたが、SGAと製造原価の区分、人件費や外注費、材料費等、各社各様であるのが実態だ。

http://www.circle-cross.com/2016/06/11/2016610-研究開発費を考える/

 アカデミック側では、R&Dの費用計上の是非や考え方については、MOTだけでなく、更に重要なテーマである無形固定の観点からも、主として会計学等の視点から、既に多くの研究がされている(目白大経営学研究2009寺崎克志)

http://ci.nii.ac.jp/els/110007337192.pdf?id=ART0009194913&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1472753303&cp=

  R&Dの資産計上については、専門家の間でも議論が多いようだが、会計学の専門家ではないが、研究イノベーション学会やMOT学会等で得られた知見や、アナリストとして、多くのR&D部門のトップ、更にCFOと議論して、考察を深める中で、「IFRS採用の場合には資産計上も妥当だ」という立場をとっている(ただし、IFRSそのものの時価主義による不安定性や体制不一致の問題は大きいと考える)。この点については、歴史的経緯もあり、国際にも、日米は同様だが英は異なるなど、多くの議論があるようである (立命館経営学2002年藤田敬司http://r-cube.ritsumei.ac.jp/bitstream/10367/1741/1/be414_01fujita.pdf)

これは、話題になったソフトバンクのARM買収でも、英企業のARMR&Dの知財をどう処理するかが暖簾代において大きな議論となる。

成功確率やタイムラグの評価

 R&D費用を資産計上する場合には、R&Dの成功確率や割引率やその影響度合い、タイムラグ等の数字が必要になる。しかしながら、こうした数値の定量化が難しく、特に、「理工学のバックグラウンドがない殆どの会計士にとっては、成功確率を推計し、前提数字を置くことは難しい」、という現実問題の中で、マクロ的に統計解析により定量化を試み、統計解析した非常に興味深い研究がある(関西学院大リポジトリ2015緒方勇 http://www.kwansei-ac.jp/iba/assets/pdf/journal/BandA_review_December_14p55-68.pdf)

この研究では、2006年度から2013年度までの東証12部の製造業の決算データ(日経NEEDS)からの分析の結果、R&D投資の成功確率は58%、タイムラグは5-6年、R&Dの減価償却率は0.05となっている。アプロ―チは評価するが、上記のように、各社で計上基準が異なるR&D費用を使っている上、現在の会計学のR&Dの定義が、伝統的なリニアモデルに基づいており、オープンイノベーションの影響などを反映していないなどの問題がある。その結果は、アナリストが普段、会社側と議論している実感とはやや異なり、成功確率が高すぎ、タイムラグも短い印象である。

サイロを超えた学際研究

  要は、アナリスト側、会計学側、MOT側、さらには企業側や研究開発の現場で、それぞれ同様の議論をしているのに、そうしたそれぞれのアカデミックコミュニケーションを超えた議論や意見交換がないままに終わっていることが問題ではないだろうか。政府や公的機関からも有効な研究調査はあるが、それが、相互に活用されていない。ここから踏み込んで、無形固定資産の分析をすることも可能である。

  特許庁の調査2010年 帝国データバンク委託調査)では、日本の平均的料率が4%とういう例もあり、これが無形固定資産のROAだとすると、ここから全資産のROAと比較して推計も可能である。また、技術のライフがアンケートで6年等のデータはある。こうした調査例も活用すべきだろう。https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken/2009_06.pdf

  詳細な中身は別にしても、技術の中身、R&D費の中身を見ず、企業側やR&Dのトップと議論せず、統計処理をしていても、企業側が納得し参考になる結果は出にくいし、R&DのトップやCTOIFRS等ある程度の会計の常識を知らずにCFO任せではダメだろう。それぞれの専門分野でいい研究はしているので、それぞれの知見を理解し、全体像をある程度わかり双方を繋ぐコーディネート役の存在が必要だろう。あるいは、無形固定資産の専門評価機関、MOTMBAの融合が急務だろう。

http://www.circle-cross.com/2016/07/21/2016720-技術評価専門の監査法人が必要だ/

オープンイノベーションと技術移転

 R&Dの適切な費用計上や資産計上は、オープンイノベーション、その中での技術移転にも関連する。近年、オープンイノベーションの注目でも、再び、技術移転が注目さている。

 ここでも、米国が先進的であり、大学、金融、コンサルティングも含め業者が多く、市場も大きいようだ。(http://www.inpit.go.jp/blob/katsuyo/pdf/download/H18usa.pdf 工業所有権情報・研修館のニッポンテクニカルサービス委託研究)。かつて、「知財の利回り」(岸著 東洋経済新報社2009)で紹介されたIV社などは、知財の地上げ屋などの批判もある(これがINCJ設立のきっかけの背景ともいい、また、当時、日本の大手IT企業の知財トップ転職し話題となった)が、そういう存在があってこそ、市場が流動化するのも事実であり、最近では、ニコン、シャープと契約し、流動性に貢献している。これに対し、日本は2007年では、2700億円、80%が直接であり仲介業者は、まだ小なかったようだ。(http://www.inpit.go.jp/blob/katsuyo/pdf/download/H18ryu.pdf 工業所有権情報・研修館のNRI委託研究)

日本のテクノマート

技術移転も長年のテーマである。これは、NRI時代に、技術調査部技術調査室に所属していたが、同部にテクノマート室があり、85年に当時の通産省の肝いりで発足した日本テクノマートに所属して活動し、リサーチ側から支援していたからである。

 当時の印象は、株により企業の価値を流通させる証券会社にとっては、企業丸ごとではなくとも、技術だけ、知財だけでも、株式市場のように流通させるというアイデアは、親和性が高く、眠った知財を流通させたいという政策の中で、野村グループとして戦略的に取り組んでいた。コンサルタント経験もあるシニアリサーチャと支店長経験もある野村證券から出向のトップセールスからなるチームは最強に見えたが、実際はなかなか難しかった。

何件か成功もあったが、多くが、ハイテクというよりは、ローテクや農業やバイオ系であり、技術だけというよりは事業化までサポートしなければならない例が多かった印象だ。その後、テクノマート室も消え、日本テクノマートも解散となった(パテント2007松村修治)

https://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/200703/jpaapatent200703_027-034.pdf

 このテクノマートは、まさに、今でいう、オープンイノベーションの中での技術仲介業であり、意欲的な試みであったが、当時は垂直統合モデル自前主義が全盛であり、30年早かった。また、そもそも、技術だけ、知財だけの価値を分離し、かつ、それを株式市場のように売買するというのは無理があった。

統合・分割性と流通性

 価値の売買には、流動性・流通性に応じて、相対取引、オークション、市場という段階があり、また、対象は、全社レベルから、事業レベル、技術、知財、人材というレベルまである。

 

 全社レベルで相対取引ならM&Aであり、全社をそのまま「縮小」して一部を売買するのが株式市場である。これに対し、全社を、そのままでなく、切り口を変えて、一部だけ売買するのが、事業レベルであれば、M&Aや事業売却など、技術レベルなら、技術流通、知財なら知財流通、人材ならヘッドハントとなる。

  全社ではなく、技術や知財など、その一部の資産が、市場化されていないのは、切り口が一様ではなく、ゆえに客観性やフェアバリューをつけるのが容易ではないからである。また、対象を切り分ける際に、「切った」ことで価値が消滅する場合もある。つまり、分割性、分離可能性の問題点が大きいだろう。

分割・分離可能性とセグメント開示

 企業をどう切り分けるかは、セグメントの問題であり、通常は、重電、家電といった事業部門か地域別である。このセグメント開示は、ドメインの考え方とも関連し、多くは、現状の製品・顧客×地域となっている。事業部門や海外地域は、社内でも子会社などの形態も含め、分離された組織となっており、P/LB/Sも存在、独立していることも多く、また、他社と同様である場合も多いので比較しやすいい。有報でも開示されている。それゆえ、M&Aでもカーブアウトなど多くの例がある。多くの例がある故に、その都度、DDが行われ、バリエーションも収斂する。

 しかしながら、伝統的ではない「レイヤマスタ」や、バリューチェーン的な「機能分割」といったセグメントの切り口もあり、これが、技術移転や流通の問題とも関連する。こうしたレイヤマスタや機能分割で、フェアなバリューエーションがなされ、多くの例が出てくることが必要であるが、事業部別は、足し算の論理だが、レイヤマスタや機能は掛け算の論理であり、元々、一気通貫で価値が形成されている事業を、因数分解することは容易ではない。

 

 電機産業においても、レイヤマスタ化は長期のトレンドであり、もともと部品メーカーやデバイスメーカーは存在し、ルネサスやJDIなど、水平分業化の中でカーブアウトも出てきていて、上場もしているので分離は可能であり、バリエーションも収斂してきた。

 機能分割も、ファブレス・ファウンドリモデルやEMSの台頭で、大きな枠組みとしては、ビジネスモデルは確立され、上場企業も増えており、これも、バリエーションの例は増えてきている。

 しかしながら、技術や知財だけというのは、上記とは異なる分割あるいは上記の一部やその組合せであり、分割可能性、逆に言えば、どこで機能や事業の構成要素の結合が強いのかどうかの見極めが難しい。また、分割した場合のバリエーション例も少ない。

知財に何を付けると技術移転が可能か

 では、「技術」を移転し、それを再現する場合、どういう要素が必要かを考えると、事業部全体を移転すれば、多くの場合まず可能であろう。しかし、買う側にも工場があり、技術者も含め人員がある場合は、技術だけ欲しいということになる。

  かつては知財だけでも可能だという考えもあったろうが、知財は技術のごく一部であり、ノウハウや無意識価値もある。技術者を100%移せば確率は高いだろうが、工場のワーカーに巧の熟練工がいたり、独特の仕掛けがある生産ラインがあったりする。さらには、他の事業部との関係も含めた全社的な繋がり、多くの暗黙知があるかもしれず、そこを切れば、全く価値を失う場合もあろう。

 むしろ、知財やトップの技術者ではなく、企業文化が浸透した工員や工場を移転し、技術については、別に学んだ方が早いかもしれない。これは、経営重心®での、移転技術と基盤技術のマッチングの議論である。機械メーカーであるミネベアがかつて一時、DRAMで成功し、近年、バックライトでも成功したのは、経営重心®での企業文化(事業を通して社員に醸成・蓄積される時間感覚やボリューム感覚等)が、コアのベアリングとDRAMやバックライトが近いからであって、その事業の距離の近さ、ひいては文化の近さが、技術分野がエレクトロニクスかメカニカルかといった点よりも重要だからであろう。

 これは、企業内での新技術の実用化の際の技術移転でも同様である。かつて、半導体事業において、東芝は、総合研究所からワークスラボ、工場というように技術が移転したが、多くの場合、研究者開発者自身が工場まで人事異動し技術を伝搬させた。これに対し、日立では、研究者は中研に留まる場合が多く、研究開発段階では日立が先行しているのに抜かされる場合も多かった。その後、日立はデバイス開発センタをつくり、この問題点を解決した(日立の場合は社内向けメインフレームのためという背景もあった)

 つまり、技術だけ、知財だけを分離して、移転することは容易ではなく、他の要素、企業文化やビジネスモデルをどこまで包含して移転するか、あるいは、相手にうまくマッチングするように、インターフェイスを形成するようなソリューションを仲介業者が提供することが必要となろう。

そういうソリューションやコンサルティング機能が仲介業者の価値であり、それ次第で技術の価値も大きく変化する。

逆に言えば、「価値=戦略×技術」で、「価値=戦略+技術」ではないので、技術だけの価値を抽出しににくいのである。

技術仲介業と技術価値評価監査法人

 それゆえ、技術流通では、コンサルティング要素が重要となり、上記で示した技術移転マップでも、コンサルティング会社が多いのはそういう背景だろう。かつてのテクノマート的な会社や形態は多い(有名なオーシャントモ社もオークションが中心であるという)が、このままでは容易でないだろう。

しかし、オープンイノベーションの重要性の中で、技術仲介業は一層重要になり、そうした例が増えることで、バリエーションも収斂していこう。他方、そこで、必要なのは、お見合いにおける仲人的役割であり、企業の全社戦略、技術戦略に精通する「仲人」が、技術仲介業が提供するデータベースやバリエーションの中から、企業ニーズにマッチする技術を選び、ソリューションをつけて相手のレベルに合わせ、提案することだろう。

相手が、技術基盤が広く充実している場合には、技術だけを買っても十分に消化でき活用できるが、そうでない場合には、技術にどこまでプラスアルファが必要かの見極めが大事になる。

この技術仲介業と、技術価値の評価監査法人の両輪が、技術の流動性、技術価値のフェアバリュー化、ひいては、オープンイノベーションの促進に貢献しよう。そうした多くの事例が増えれば、イノベーションの生起確率も向上していこう。また、その結果、R&Dの費用や資産計上の適正化にも繋がろう。

http://www.circle-cross.com/2016/06/20/2016618-なぜ国家プロジェクトは予測が外れ実用化が難しいのか-研究開発の在り方を問う/