なぜ日本の半導体製造装置は競争力を維持しているのか

なぜ、日本は、半導体デバイスでは競争力を失ったのに、製造装置では、今なお競争力を維持しているのか。これは、電機や半導体アナリストとして、長年の疑問ではあったが、セルサイド時代としての担当は、デバイスと装置の一部だったので、担当者(当時は、精密と装置を一緒に持つ)に任せていた。また、当時2005年頃は、今ほどデバイスの凋落が決定的でもなく、装置も、いずれ、デバイスに遅行して、凋落するとの見方もあった。長年のこの疑問を、大学というより中立な立場から、再考したい。

半導体デバイスの競争力

 装置について、述べる前に、まずデバイスから考えたい。日本の半導体デバイスのシェアは、90年代半ばには50%近かったが、現在は10%以下だ。この理由に関しては、言い尽くされているが、日経新聞の西條編集委員の2019217日の記事「平成日本、失速の研究、日の丸半導体4つの敗因」の4識者のコメントにあるように、①組織と戦略の不適合(山本高稔 日立など社外取締役)、②経営者の質(坂本幸雄 紫光集団高級副総裁、元エルピーダ)、③強すぎる自前主義(若林秀樹 東京理科大教授)、④技術偏重、マーケティング軽視(東芝OB)、だろう。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO41242510T10C19A2TJC000/

製造装置の競争力

 その上で、半導体製造装置について、言及すると、2000年以降、一時、シェアは低下したが、その後、回復した。もちろん、個々に見ると、露光機ではニコンが大きくシェアを落とす、またシステムLSIに重要なCVDやスパッタはAMAT、検査ではLamが強いが、拡散では国際、洗浄ではスクリーン、テスタではアドバンテスト、ダイサーではディスコの他、全体でも、TELはトップ2-3で健闘おり、デバイスでベスト10に不在とは対照的だ。

装置業界の先行研究はデバイスに比べ少ない

 そもそも、半導体関連の先行研究において、デバイスについては、アカデミック、アナリストも含め、数多いが、製造装置については、アナリスト等のレポートは、業界全体も個別企業についても、数多いが、アカデミックは小数に留まり(92年肥塚浩など)、近年は殆どない。また、アナリストレポート等も、デバイスと製造装置と材料を比較しながら、競争の優劣の要因に関して構造的に述べたものは少ない。

そこで、ここでは、デバイスと製造装置を比較しながら、同じような技術分野にも関わらず、なぜ、前者は競争力を失い、後者は維持しているかに、関して、構造的に分析を試みる。

業界外競争力と業界内競争力

 通常、競争力に関しては、特定の業界に関して、シェア等で語られる場合は多い。しかしながら、ポーターの5Fのように、隣接する業界との緊張関係もある。特に、ユーザーとの関係、サプライヤーとの関係はそうである。ユーザーにせよ、サプライヤーにせよ、当該業界が複数の業界に依存している場合には、業界外との競争関係は大きくないが、半導体製造装置のように、デバイス業界に依存している場合には、デバイスと装置の競争関係が大きく、企業規模やそれぞれの寡占度から、単なる下請け関係でもない。

装置の競争状況は多様で密接

 製造装置の競争状況は、第一に、デバイスメーカーと装置メーカーの関係、第二に、デバイスメーカーと個々の装置メーカーの関係、第三に、各装置業界同士の関係、第四に、当該個別の装置業界でのシェア状況、第五に、装置と装置部品や材料、などがあり、複雑かつ密接である。対し、むしろ各工程、装置のシェアは多くが80%以上で、中期でも、固定的となっている場合が多い(露光機のような逆転は珍しい)

価値配分の決まり方に二種類

 すなわち、ここでの論点は、全体の設備投資あるいは装置への価値配分が決まってから、各工程の配分が決まるのか、あるいは各工程の設備投資が決まっており、その後で、その合計として、全体の設備投資が決まるのか、である。

経営重心ポートフォリオ分析でも二つのパターン

経営重心ポートフォリオ分析では、前者は、全社で装置(FPDも含め)に集中しており、最近は、アルバックもこの傾向であるが、後者の中で前工程を手掛ける企業では、DNSでは、印刷、ニコンでは、デジカメ、かつての日立国際では、放送映像など全く異なる事業を持つ。後工程は、規模が小さい企業が多いが、専業、個別の装置に特化している。

 これは、TELなどは、前工程の中でのシナジーを求め、かつ、前工程の多様な製品を持つことでリスクを減らすというポートフォリオ戦略であるのに対し、他は、リソースなどの理由からか、それほどの広範囲で製品を保有できず、前工程でのシナジーを追えないため、SPEと全く異なる経営重心特性を持つ事業で、リスクを減らしているともいえるのではないか。

各工程の成長性とボラ(ボラティリティ)からの評価

 ファンドや事業を評価する尺度として、リターンだけでなく、その安定性も考慮したシャープレシオがあるが、シャープレシオで使われている、分子をリターン、分母で標準偏差の代りに、分子を成長率平均、分母を標準偏差として、各工程の価値を評価する。事業にとって、成長性や収益性が高いことは重要だが、同時に、標準偏差=ボラが低く安定していることも重要であり、これを指標としている。

装置のボラの評価

 装置市場の中で、構成比が安定的で、毎年のボラも低いものは、デバイスメーカーにとって重要である。構成比、実金額のボラが高いものは、シリコンサイクルに振られやすく、価値訴求が弱いのではないか。

業界外競争と業界内競争(工程内)

 以上、成長性の平均値とボラ、工程構成比ボラと工程実額ボラから、価値訴求において、デバイスメーカーにも強く、装置業界内でも強いのは、検査、スパッタ、CMPであり、両方とも弱いのはテスタである。

装置メーカーの競争優位

デバイスメーカーと異なり、装置メーカーで、日米欧が高シェアを維持しているのは、前工程では、特に、AMATが、工程内での一気通貫による価値訴求力を高め、また要素技術が、物性や化学など、台湾韓国中国が弱いものが多いからであろう。

 

後工程でもプラットフォーム化が進むと