2016年3月7日 シャープと日本の液晶の栄光と凋落の25年

 

紆余曲折はあったが、いよいよ、シャープが鴻海傘下に入る。シャープの25年は、液晶、中でもTFT液晶事業の栄光と凋落の歴史である。そこで、もう一度、この25年の推移と、シャープの敗因を総括しておきたい。2010年以降は語らえることは多いが、需要なのは2005年以前であり、そこでの学者やアナリストの検証は不十分であろう。

 

液晶のシャープは90年代から

 

液晶のシャープと言われるが、1位に躍り出たのは、90年度からであり、それまではエプソンが1位、三洋電機・鳥取三洋や、日立が上位であった。当時は、パッシブとかSTN、デューティとか言われた液晶であり、92年頃から、TFT(薄膜トランジスタ)という半導体を入れたものが急に立ち上がり、半導体大手だった東芝やNECが、DRAMで稼いだカネと技術をつぎ込み参入した。ノウハウは、次第に装置メーカーに移り、また、同時に、サムスンも開発を始めた。しかし、この頃までは、歩留まりが低く、ノートPC向けに10インチ5万円が目標であった(91年当時はコスト50万円)。しかし、半導体の生産技術や材料、装置メーカーの貢献で95年には10万円を切り、1-2年遅れで達成、ノートPC向け市場が立ち上がり1兆円産業となった。

 

<グラフ>

 

98年からは、アジア危機後に、サムスン、金星、現代電子が、半導体では、サムスンと現代(ハイニクス)、液晶では、サムスンとLG(金星)に再編され、コスト力をつけたサムスン、LGがシェアアップ、応用市場も、韓国が強いモニターが離陸となり、日本がシェア低下した。

 

2000年以降は、TV市場だが、ここで肝心の日本は、日立やパナが、液晶に集中せず、全社では、PDPも手掛け、リソースが分断。さらにITバブル崩壊で日本勢とくに、総合電機系がDRAMリストラで体力が落ちる中で、韓国が一気に抜き去った。

 

その中で、シャープも奮闘はしていたが、TVとパネルを両方追いかけ、かつてTV成功体験を適用したが、TV事業の経営重心®は、より短サイクル、大ボリュームにシフトし、もはや勝利の方程式は通用しなかった。技術や匠の世界から、カネと度胸の世界となったのである。

 

シャープの敗因は近因、真因、遠因がある

 

 シャープの敗因は、この1-2年の迷走と、2012-2014年の近因、2005-2012年の真因、そして、それ以前の遠因に分けて考えるべきだろう。2012-2014年は問題が多く、在庫先送り始め多くの特損につながった項目が多いし、傷口を拡大したが、やはり2005-2012年の堺の過大投資や、その背景にある戦略ミスや経営のベクトル不一致、任天堂やパチンコ不振の焦り、液晶応用のシャープであることを忘れ、驕りと油断が大きいのだろう。

 

<図表>

堺の過大投資

 

 その中では堺の過大投資はもはや常識化しているし、大きな要因ではあるが、今の多くの批判は後出しジャンケンの感もある。むしろ、液晶TVか液晶パネルかでの戦略不一致、また、同時に、ガラス基板拡大競争からppi微細化競争に移った技術のトレンドの見誤りが大きいように思う。

 

もし液晶パネルとしての部品事業外販志向を徹底しておれば、ソニー等との関係も悪化しなかっただろう。そこでの社内TV向け、との利害相反懸念もあり、部品としての潜在顧客を失った。内部にあって目立たない半導体と違って、TVの場合には、まさに「顔」だけに問題が大きくなる。

 

では、TVとして内販を重視し垂直統合という解はあったかというと、シャープのブランドで世界トップのTVメーカーになるという野望は難しかったように思うし、それであれば、そもそも、これだけのキャパは要らない。

 

よって堺の投資は、やはり部品戦略しかなかったように思う。その場合にはTV向けを志向して決めた10Gよりも、8Gで微細化対応を考えるべきだったかもしれない。そこでも、セットか部品でも違いがある。それが曖昧なまま、両方を志向、ガラスサイズも大きくなりキャパも大きくなり、予算も甘くなった。

 

部品屋としての立場を矜持していれば、世界のユーザー動向や技術動向がわかり、2010年前後が、ガラスサイズの拡大競争から、ppi向上といった微細化競争へ転換点だったことに気が付いたかもしれない。実際、堺以降は、世界での工場建設は、10Gの工場はなく、殆どが8Gあるいは、6G微細化(LTPS)であった。

 

これは、戦前に旧海軍が、時代が飛行機や潜水艦の時代になっているのに、大鑑巨砲主義を捨てきれず戦艦大和を建造した歴史を想起させる。工場を見ても、亀山第一くらいまでと、その後は、同じ液晶の工場かと思うくらい違っていた。また、90年代にコンピュータのトレンドが計算機能力からメディアとしての処理能力に変わっていたのに、国家プロジェクトで第五世代コンピュータに巨額の研究費を投じたののも似ている。直近では、OLEDでもNEDOの研究開発プロジェクトはTV志向であった。

 

時代のトレンド、価値観が変わる時に、戦略を詰めきれず、和を重んじて、曖昧なまま、相反する二つの目的を追いかけ、流れが読めず、流れが変わったことに気がついても修正せず、ずるずる引きずり、正当化だけに注力、とことんまでダメだと判明してから止める、というのは日本には多いような気がする。